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Janelle Monáe

FunkR&B

Janelle Monáe

Dirty Computer

Atlantic/ワーナーミュージック・ジャパン

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木津毅   Jun 04,2018 UP
E王
ピンクはわたしのお気に入りの一部 “Pynk”

 イケピンク問題である。『女の子は本当にピンクが好きなのか』を読んだ方には説明不要だろう。ピンクがある種の女性性を象徴する色だとして、それがお仕着せのものであればダサピンクであり、主体的に選び取られたものであればイケピンクとなる。ウィミンズ・マーチのピンク・ニットに代表されるように、女性のエンパワーメントを訴える政治的な色でもある。ジャネール・モネイはピンク色のヴァギナを模したパンツを履いて、ファニーなダンスを仲間の女たちと披露する。ヴァギナの形はひとそれぞれで、ヴァギナを持たない女性もいる。だが彼女たちは同じダンスができる。セクシーなフレーズやイメージを挑発的に繰り返す“Pynk”のミュージック・ヴィデオはまず、21世紀におけるフェミニズムとクィア・カルチャーのもっともポップな成果であり、そして、2018年最高のイケピンクである。

 要は中指の立て方の問題なのだと思う。ヴィデオでは例によって女たちのファックが突きつけられるのだが、その指は色とりどりのマニキュアが塗られている。怒りはある……が、それはカラフルで愉しいものであっていい。#MeTooは女性が自分の性を自分で決めるという宣言であって、必ずしも男を怯ませるものではないはずだ。ウィミンズ・マーチに男がピンク・ニットをかぶって参加したっていい。そして『ダーティ・コンピューター』は、ロマンスが困難な時代になったという反動主義者の早急な結論をからかうように、フェミニズム全盛の現代におけるセックスとエロスを祝福する。その真ん中で踊るのは女たちとセクシュアル・マイノリティだ。USガールズのアルバムにも感じたことだが、いま、怒りを担保したままどのような開かれ方がフェミニズムに可能であるかが模索されている。ビヨンセがコーチェラで女の強さを爆発させたならば、ジャネールはここで女として生きる楽しさを謳う。そしてそれは、「お気に入り」だが彼女たちにとってあくまで「一部」でもある。ジェンダー・ポリティクスはある、が、ジェンダーに囚われなくてもいい。

 “Pynk”はまた、音楽的にもジャネールの最新のモードを象徴してもいるだろう。グライムスをフィーチャーしたそのエレクトロ・ポップ調のシングルは、彼女の出自を説明するときに必ず言及された「アウトキャストがフックアップし……」という地点からはかなり離れている。 一貫してタッグを組んできたワンダランドのクルーはもちろん関わっているが、プリンスのファンクを2018年ヴァージョンに仕立てたシングル“Make Me Feel”のように彼らがいない曲もある。ブライアン・ウィルソンがフィーチャーされ、かつて西海岸が見た夢が再現されるかのようなコーラスを聴かせるオープニング“Dirty Computer”をはじめとして、ファースト・アルバムのようなブラック・ミュージックの濃厚さではない軽やかなポップス・コレクションとなっている。 もちろんジャネールはいつでもエクレクティックだったが、本作では使っている色のパレットが原色からパステルカラーに近づいたと言えばいいだろうか。ジョージ・クリントンよりはナイル・ロジャースというか。 ファレル・ウィリアムズが参加したダンスホール調の“I Got The Juice”にしろ、メロウ・ソウルの“Don't Judge Me”にしろ、あるいはフォーキーなサイケデリック・ソウル“So Afraid”にしろ、パワフルさと目まぐるしい展開で押し切っていた初期に比べるとずいぶん洗練された味わいとなっている。そのなかで一貫して感じられるのはやはりプリンスで、それは自分が彼の正当な後継者であると宣誓することであると同時に、20世紀のプリンスの功績を21世紀のクィア・カルチャーの視座からあらためて讃えるということであるだろう。

 『ムーンライト』がアカデミー作品賞を受賞したときに違和感があったのは、作品を評価していないからではなくてむしろ逆で、古い体質のエスタブリッシュメントたるアカデミーには純粋な作品の価値が伝わっていないのではないかと思ったからだ。貧しいブラック・コミュニティにおける同性愛を描いた映画を権威が引き上げるとき、ポリティカル・コレクトネス以外に何があるのか、と。だが、僕は間違っていた。もはやポップの基準は更新され、時代がマイノリティの新しい生き方を本当に感じようとしている。『ムーンライト』で優しく少年に語りかけていたジャネールは、『ダーティ・コンピューター』で現代のポップスターのど真ん中を引き受けながら「マザファッキン・プッシー・ライオット」を始めるのだと言う。街をピンクに染めるのだと。ドリーミーなエレクトロ・ポップ“Crazy, Classic Life”では「わたしはアメリカン・ドリームの象徴」とまで宣言し、それと呼応する“Americans”では「わたしはアメリカン」だと繰り返しながら手を叩き、得意のパーティ・ファンクで締める。
 優等生だと言う意見も理解できる。だが、たとえばバイセクシュアルを公言しているフランク・オーシャンが差別反対のTシャツをステージで着ながら同性愛の官能を歌うように、パンセクシュアルだとカミングアウトしたジャネールがカラフルなポップスを衣装としてエロティックな欲望を掲げるとき、そこにはポジティヴなエネルギーしかない。ジャネールを聴く若い女の子たちがそのパワーを受け取ってくれたら……というのは僕の身勝手な願望だ。だが本当にそう思う。彼女たちの「お気に入りの一部」がポップの未来を変えていくだろう。僕たちもそこに混ぜてもらおう。簡単だ……「We got the pynk」と叫ぶだけでいい。

木津毅