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木津毅   Jan 15,2015 UP

 We can’t breathe――ニューヨークで黒人青年が課税対象外のタバコを販売した容疑で逮捕された際に警官に首を絞めて殺害された事件に抗議するデモで(殺害した白人警官は不起訴)、一斉に叫ばれた言葉がこれだったそうだ。それは、殺害されたエリック・ガーナー青年が「息ができない!」と繰り返したことから来ているそうだが、そこには何か、ニューヨークという磁場が生み出す雑多な民衆の声が含まれているように思える。バリバリの左翼活動家だったというビル・デブラシオ現市長もデモを支持しているそうだが、彼の治世で街の空気はどれくらい変わったのだろうか。それは外から見ているぶんにはわからないが、しかし「息ができない」という悲痛な叫びは、声を合わせて放たれることで、何かメッセージとして前向きな力を得ていることが伝わってくる。「He」can’t breatheではなく、「We」なのだから。

 もしそのデモにサウンドトラックをつけるのならば、TV・オン・ザ・レディオの3年ぶりのアルバム『シーズ』はどうだろうか。それぞれのソロ活動や客演を経て、前作につづきLA録音となったことが話題になっているが、しかしこれは彼らが相変わらずニューヨークという街から切り離せないことを示している作品だと思える。いや、彼らが生み出したニューヨーク……と言おうか、そのマルチ・カルチュラルな佇まいと音、飽くことのない実験主義とそれでいてソウルフルな熱は、TV・オン・ザ・レディオがバンドとバンドの頭脳であるデヴィッド・シーテックのプロデュース・ワークによってゼロ年代を通してかの街に振りまいてきたものだ。

 つまり逆に言えば、音としては特別新しい何かが植え付けられているわけではない。前作『ナイン・タイプス・オブ・ライト』のリリース直後に他界したジェラード・スミスの不在を悼みつつ、バンドのアイデンティティをゆっくりと確かめあうようなアルバムだ。変化といえば演奏はラフになり、リズムはシンプルになり(8ビートのトラックも目立つ)、メロディはキャッチーになり……要するに、ちょっと拍子抜けするぐらいに気軽に聴けるポップネスに満ちている。

 ではゆるいアルバムかと問われればけっしてそんなことはなく、むしろ前作でやや削がれたエネルギーが帰ってきているように聞こえる。“ケアフル・ユー”、“ラヴ・ステインド”のようにエレクトロニクスをまぶすことでカラフルな印象が増していることもあるし、パンキッシュなギターが聴ける“ハッピー・イディオット”や“ウィンター”、“レーザーレイ”によるところもある。近作において得意のブラス・アンサンブルによる勇壮な味付けも腹に響く。

 しかしこのアルバムにさらなるパワフルさを与えているのは、僕のような英語のリスニング能力に難のある人間の耳にもポンポンと迷いなく入ってくる言葉たちだ。たとえばアコースティック・ギターの穏やかな演奏とともに「ああ トラブルがやってきた」とはじまる“トラブル”はやがて、「Everything’s gonna be OK」というコーラスを導いてくる。「すべてうまくいくさ」……それはかつて、そうたとえば、公民権運動の時代にソウルの歌唱に何度となくこめられた言葉であったはずだ。TV・オン・ザ・レディオはそんなふうな力強い言葉と音を備えたバンドであったことをこのアルバムを聴いていると思い出す。バンドは激動のゼロ年代のニューヨークを駆け抜けてきたが、転換点であった2008年の『ディア・サイエンス』では「黄金時代がやってくる!」と時代の高揚感を代弁していた。その宣言が正しかったのかどうかはそのつづきを生きるわたしたちにはまだわからないが、しかしいままた彼らは「言うんだ、今すぐに! 楽しむんだ、今すぐに!」(“ライト・ナウ”)と繰り返す。もし「We can’t breathe」に匹敵する言葉がこのアルバムにあるとすればそれは、もっとも明るい輝きに満ちた“クッド・ユー”だろう。「誰かを愛してくれないか? その心を開いてくれないか?」……息ができない「わたしたち」はべつに、何か敵と闘って打ち負かしたいわけではなく、その心を開いてほしいだけなのだ。

 「雨はいつものように降ってくる/今回は地面に種を植えてみた(“シーズ”)」。ブルックリンの熱狂が去った現在においてTV・オン・ザ・レディオの旬もまた過ぎたのかもしれないが、しかしそれがどうしたというのだろう。ここには変わらず、ハイブリッドであることへのプライドと情熱があり、そして苦境を知りながら前を向くための力が躍動している。

木津毅