ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Loren Connors & David Grubbs - Evening Air | ローレン・コナーズ、デイヴィッド・グラブス
  2. interview with Sonoko Inoue ブルーグラスであれば何でも好き  | 井上園子、デビュー・アルバムを語る
  3. Jan Urila Sas ——広島の〈Stereo Records〉がまたしても野心作「Utauhone」をリリース
  4. Wunderhorse - Midas | ワンダーホース
  5. Black Midi ──ブラック・ミディが解散、もしくは無期限の活動休止
  6. ゲーム音楽はどこから来たのか――ゲームサウンドの歴史と構造
  7. Mark Fisher ——いちどは無効化された夢の力を取り戻すために。マーク・フィッシャー『K-PUNK』全三巻刊行のお知らせ
  8. MODE AT LIQUIDROOM - Still House Plantsgoat
  9. Eiko Ishibashi - Evil Does Not Exist | 石橋英子
  10. Columns 9月のジャズ Jazz in September 2024
  11. talking about Aphex Twin エイフェックス・ツイン対談 vol.2
  12. Aphex Twin ──30周年を迎えた『Selected Ambient Works Volume II』の新装版が登場
  13. Godspeed You! Black Emperor ——ゴッドスピード・ユー!ブラック・エンペラーがついに新作発表
  14. K-PUNK アシッド・コミュニズム──思索・未来への路線図
  15. Gastr del Sol - We Have Dozens of Titles | ガスター・デル・ソル
  16. Columns Nala Sinephro ナラ・シネフロの奏でるジャズはアンビエントとしての魅力も放っている
  17. interview with Jon Hopkins 昔の人間は長い音楽を聴いていた。それを取り戻そうとしている。 | ジョン・ホプキンス、インタヴュー
  18. R.I.P. Tadashi Yabe 追悼:矢部直
  19. KMRU - Natur
  20. Seefeel - Everything Squared | シーフィール

Home >  Reviews >  Album Reviews > Mount Kimbie- Cold Spring Fault Less Youth

Mount Kimbie

DowntempoElectronicaHouseKrautrockPost Dubstep

Mount Kimbie

Cold Spring Fault Less Youth

Warp/ビート

Amazon iTunes

木津 毅   May 28,2013 UP

 ダフト・パンクが新作でジョルジオ・モロダーをわざわざ呼んで喋らせているのには呆れたが、それでもオーセンティックなディスコ・サウンドに乗せて「私の名前はジョヴァンニ・ジョルジオ」と彼が告げると、その瞬間は反射的に興奮しなくもない。が、その次の瞬間、我に返りもする。そこには終わっていくものに対しての共犯意識が作り手と聴き手のあいだに予め用意されているかのようで、その意味であのロボットたちは変わらずシニカルだ。彼らが作った映画『エレクトロマ』の死のイメージを思い浮かべたりもする。そんなアルバムが現象的に世界で大ヒットするのは、何とも皮肉めいている......と思う(そしてそれをアンビヴァレントな気分で楽しんでしまう自分もいる)。

 同じ日に買ったマウント・キンビーのセカンド・フルに当たる本作には......そういったアイロニカルな地点から素早く自然と身をかわすかのように、これから生まれゆくもののざわめきが息づいている。ポスト・ダブステップの三大エースであるジェイムス・ブレイク、ダークスター、そしてマウント・キンビーがブリアルの「ゴースト」というモチーフをデビュー作で引き継ぎながらも、2作目においてそれぞれのアプローチで歌へと向かっているのは、歪められた声のサンプル、亡霊や死のイメージと訣別していくかのようだ。飛躍かもしれない。だが確実に、ドミニク・メイカーとカイ・カンポスのふたりはここで、過ぎ去ったことを振り返ろうとしていない。
 誰もが指摘するようにバンド・サウンドや生楽器の大々的な導入、そして歌......が根本的な変化ではあるものの、楽曲の構成要素自体が『クルックス&ラヴァース』と大きく異なっているわけではない。クリック音が粒になって転がるようなビート、控えめながらダビーなベースライン、メランコリックな和音やメロディ。ダブステップと地続きの不穏なムードからも、ダークスターほど離れたわけではない。だが、キング・クルーが独特のダルそうな節回しで歌う2曲目の"ユー・トゥック・ユア・タイム"はどうだろう。抽象的な空気を生み出すシンセ音が浮遊するなか、ギターとドラムの生音が慎重に寄り添い、やがて声の主はそのエモーションを狂おしく低音へと変換する。ポスト・ダブステップという言葉ではもはやカヴァーしきれない範疇まで足を踏み入れているし、そしてまた、IDMとテクノとダブステップとシンセ・ポップのどこにも収まろうとしていない。そもそも94年生まれのシンガーソングライターであるアーチー・マーシャルを召喚する姿勢からして、マウント・キンビーは一貫していると言えよう......これからの可能性しか見えていないのだ。もう1曲、彼が出現する"メーター、ペイル、トーン"もまた、ブリアルとボーズ・オブ・カナダの血を引き継いでいることを自覚しながら、彼らとは違う領域で......よりバンド・サウンドのフォーマットを駆使しながら、憂鬱とも倦怠とも言い切れないフィーリングに聴き手を陶酔させる。
 アルバムでは、可能な限り様々な試みをしているようだ。彼ら自身が歌うムーディなシンセ・ポップがあれば("ホーム・レコーディング")ダブステップもあり("サラン・グラウンド")、ギター・ロックとシンセ・ポップとIDMを足して割り切らないようなインスト・ナンバーもあり("ソー・メニー・タイムス、ソー・メニー・ウェイズ")、マッシヴなビートの上でフュージョンとアンビエントを同時にやっているようなトラックもある("スロウ")。そしてまた、それらは「これで完成」というフォルムを作っていないように思える。アルバムのなかでもっともよく出来ているトラックはおそらくファースト・シングルとなったハウシーなダンス・ナンバー"メイド・トゥ・ストレイ"だろうが、それにしたって、キャッチーな歌が入りこれから盛り上がりそうなブレイクを挟んだところで、しかし4分台であっさりと終わっていく。ふたりはお決まりのパターンを拒みながら、音の興味の対象を一枚のなかで性急に移していく。
 メランコリックではあるが、同時に喜びに満ちた作品だ。マウント・キンビーは自分たちの得意とするところを発展させながらも、それをも侵食する挑戦に身を投じ、そのせめぎ合いこそを楽しんでいる。「ポスト~」としか説明できなかった場所から現れた才能たちが、なおも名づけられない荒地へと勇敢に進んでいる。その姿には、曇りのない興奮を覚えずにはいられない。

木津 毅