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Home >  News >  RIP > R.I.P. Ahmad Jamal - 追悼 アーマッド・ジャマル

RIP

R.I.P. Ahmad Jamal

R.I.P. Ahmad Jamal

追悼 アーマッド・ジャマル

小川充 Apr 24,2023 UP

 ジャズ・ピアニストのアーマッド・ジャマルが2023年4月16日、前立腺癌のために92歳で死去した。1930年にピッツバーグで生まれたジャマルの本名はフレデリック・ラッセル・ジョーンズだが、ブラック・ムスリムの影響を受けて22歳の頃にイスラム教に改宗し、アーマッド・ジャマルの名に変えた。
 7歳の頃からピアノのレッスンをはじめ、高校で本格的に音楽の勉強をおこない、卒業後はシカゴに移り、自身のピアノ・トリオを組んでホテルなどで演奏活動をおこなっている。シカゴの〈アーゴ〉や〈カデット〉に多くのアルバムを残しているが、代表作と言えば1958年の『バット・ナット・フォー・ミー』や翌59年の『ポートフォリオ・オブ・アーマッド・ジャマル』で、特に “ポインシアーナ” を含む『バット・ナット・フォー・ミー』のセールスによって、彼は商業的な成功も収めている。
 しかしながら、ジャズ評論においては高い評価を得ることはなく、これらはいわゆるカクテル・ピアノという、ホテルのラウンジなどで演奏されるイージー・リスニング的な扱いだった。そうしたこともあってか、正直なところアーマッド・ジャマルはビッグ・ネームというほどのミュージシャンではないし、玄人好みの渋いミュージシャンか、または技巧に優れた名ピアニストというわけでもなく、芸術的にはあまり見るところのない、一段ランクの低いミュージシャンという見方が大半だった。大体のところ、1990年代半ばごろまでのジャマルのイメージと言えばそんなところだったろう。

 そうしたジャマルの評価を一変させたのは、1990年代半ばより数多くのヒップホップのアーティストによってサンプリングされたことによるところが大きい。それらのネタ探しを通じて若いリスナー、特にそれまでジャズを聴いたことのないようなリスナーがジャマルの作品に触れ、彼の再評価の機運が高まったと言える。ナズコモンなどがジャマルの曲を取り上げているが、その中でも1970年リリースの『ジ・アウェイクニング』が有名で、表題曲はじめ “ドルフィン・ダンス”、“アイ・ラヴ・ミュージック”、“ユア・マイ・エヴリシング” と、アルバム丸ごと一枚がサンプリングの宝庫となっている。
 なぜジャマルの曲が多くサンプリングされるのかということに関して、ジャマルは「間(スペース)のピアニスト」と言われることが多く、それが関係していたのではないだろうか。「間のピアニスト」というのは、音の鳴っていない瞬間も楽曲の一部として機能させるということで、ジャマルは音数が少なく、ピアノが鳴っていないそうした間でさえ音楽的なものとしてしまうことに長けていた。そうした間の取り方はリズム感や一種のグルーヴにも関係し、また独特のリリシズムを生み出す。ヒップホップ・アーティストがサンプリングする場合、基本的にはビートをサンプリングすることが多いのだが、90年代半ば頃からは上ものと呼ばれる楽器のフレーズや全体の空間作りにもサンプリングが用いられることが増え、そうした音響空間の構築においてジャマルのような間のある音楽はとても参考になるのである。

 そして、サンプリングから発展して、ジャマルの演奏そのものにも影響を受けるアーティストも出てくる。『ジ・アウェイクニング』は〈インパルス〉からのリリースだが、〈インパルス〉時代のジャマルはアコースティック・ピアノだけでなくエレピも演奏していて、マッドリブなどはそのエレピ演奏にも大きく影響を受けている。
 マイルス・デイヴィスがジャマルについて高く評価していたことも逸話として有名だ。マイルスは自伝において姉からジャマルを薦められて聴くようにったそうで、「リズム感、スペースのコンセプト、タッチの軽さ、控えめな表現などに感銘を受けた」と述べている。ジャマルとマイルスは1950年代半ばより親交を深めるようになり、マイルスはジャマルを自分のバンドに誘ったこともある。残念ながら実現しなかったのだが、マイルスは仕方なく、当時のバンド・メンバーだったレッド・ガーランドに「ジャマルのようにピアノを弾いてくれ」と言っていたそうだ。そして、日本においては上原ひろみがジャマルのプロデュースによってファースト・アルバムを発表したことが、ジャマルの名前を広めることに一役買った。

 私個人としては、ジャマルのアルバムの中でもっとも好きな作品を選ぶなら、1963年の『マカヌード』を挙げる。オーケストラ物でリチャード・エヴァンスがアレンジや指揮をおこない、ドミニカ、コロンビア、パナマ、ハイチ、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイなど中南米音楽の理解と咀嚼を見事に施して、重厚な表現においても素晴らしいところを見せている。ラテン系の作品ながら、軽いタッチのカクテル・ピアノとは一線を画するものだ。ここに収録された“ボゴタ”は、モントルー・ジャズ・フェスでのライヴ録音となる1972年の『アウタータイム・インナースペース』でも再演していて、エレピを交えた17分にも及ぶ情熱的な演奏を繰り広げている。それぞれ同じ曲ながら全く異なる演奏で、ジャマルが実に幅広い音楽性を持っていたことがわかる。
 ラテン音楽との相性が良かったジャマルは、1974年に『ジャマルカ』というアルバムも発表している。こちらはジャズ・ファンクからレゲエなどまでミックスしたもので、やはりリチャード・エヴァンスとタッグを組んでいる。同じエヴァンスとの作品では、1968年の『ザ・ブライト,ザ・ブルー・アンド・ザ・ビューティフル』、1973年の『アーマッド・ジャマル・73』、1980年の『ジェネティック・ウォーク』などもあり、60年代から80年代にかけての長い間ジャマルとエヴァンスは良きパートナーだった。エヴァンスは様々なタイプの作品に携わるプロデューサーで、これらジャマルの作品でもゴスペル、ロック、ポップス、ソウル、ファンク、ラテンなどとジャズの融合を試みている。ジャマルはこうした様々な音楽性を取り入れ、自身の演奏や表現に順応させていく力を持つピアニストであったのだ。

小川充

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