Home > News > The Fall - ——上村彰子著『ザ・フォールの素晴らしき世界』が刊行
Via Wikimedia Commons
ポップの歴史は修正主義の歴史である。そして修正することは面白い。時代のなかでどんどん修正を繰り返されていく。ヴェルヴェツの『Loaded』は、いまとなってはインディ・ギター・ポップと呼ばれるものの起源とされているし、1990年代にブラック・サバスは偉大なバンドに認定され、『E2-E4』はテクノの名盤となった。21世紀に入るとアレックス・チルトンがさらに重要視され、ブリトニー・スピアーズのデビュー・アルバムは、チャーリーXCX以降では、間違いなくポップの名盤である。
と、かようにも、「名盤」なるものの歴史は更新されていくのであり、1970年代後半にマンチェスターから登場したザ・フォールへの評価と人気も、後からどんどん高まっていった。このバンド、何も日本だけで人気がなかったわけではない、英国でもずっとアンダーグラウンドのままだった。しかし、マーク・E・スミスというずば抜けた「個」は、たしか1980年代後半ぐらいからだったろうか、『NME』のご意見番みたいになっていたという記憶がある。洞察力のある人物だったし、なおかつ歯に衣を着せぬ毒舌タイプでもあったからだろう。
カンの評伝『すべては門は開かれている』の第二部におけるイルミン・シュミットとの対談/座談会のコーナー、ボビー・ギレスピーやジェフ・バロウ、ピーター・サヴィルなど大物たちがいるなかで、マーク・E・スミスとの対談がいちばん最初にある。明らかにここには、シュミットのスミスへの特別な親近感があるわけだが、シュミットを前にしたスミスの変わらぬ態度も面白い。
というか、マーク・フィッシャーのザ・フォール論(『K-パンク』の二巻目)を読めば、その歌詞とサウンドには、それを知性化したいという欲望を刺激する何かがあると。“Spectre Versus Rector(幽霊対牧師)”における「パルプ・モダニズム」——フィッシャーによればこの曲は、T・S・エリオットらの文学的モダニズムと低俗とされるホラー小説表現を結びつけ、日常世界の背後に潜む異質な現実を露呈させ、なおかつ社会の見えない階級的・文化的対立を可視化する実践なのだそうだ。なんのことかわからない人は、ぜひ読んでみて。
しかし、なぜ近年になってザ・フォールなのだろうか。
1979年〜80年代初頭、日本で英国のポスト・パンクを聴いていたリアルタイム・リスナーの多くは3か月に1枚LPレコードを買えたら嬉しい10代なわけで、当然、優先順位としてはPiLやクラッシュやキャブスやスリッツなんかよりザ・フォールがずっと下方になる。先日、キャロラインの圧倒的に素晴らしいライヴを披露したラフ・トレード50周年のイヴェントにおけるジェフ・トラヴィス&ジャネット・リーのDJにおいて、ちゃんと7インチでかけた「Totally Wired」もリアルタイムで聴いてはいない。日本にジョン・ピールがいたわけじゃないし、仕方なかろう。
リアルタイムで聴いたのは、コールドカットと一緒にやったときか。『What’s That Noise?』(1989)へのヴォーカル参加を経て、ザ・フォールにコールドカットが参加したこともあった。でも、〈Skam〉のコンピレーション『0161』(1997)にザ・フォールが参加しているのを見て興奮したのを憶えているから、この頃にはきっと好きだったんだと思う。それから、何かの折に聴いてみようと思ったりしているけれど、まだ全作を聴いているわけではない(残りの人生のお楽しみだ)。
今年のヒップホップのアルバムでお気に入りの1枚は、アール・スウェットシャツとマイクとサーフ・ギャングによる共作で、その1曲目が“The Fall”でした。もちろんバンドのザ・フォールとは全然関係ないけど、「お、ザ・フォールじゃん」と、そんなことでも反応してしまうほど、いま、時代はザ・フォールなのである……
『ザ・フォールの素晴らしき世界』を読んで、あらためてザ・フォールを聴いてみたいです。

上村彰子 著
ザ・フォールの素晴らしき世界
国書刊行会
https://www.kokusho.co.jp/np/isbn/9784336078803/