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interview with Julia_Holter

interview with Julia_Holter

私は人間を信じているし、様々な音楽に耳を傾ける潜在能力を持っていると信じている

——ジュリア・ホルター、インタヴュー

質問・序文:野田努    通訳:坂本麻里子 Photo by Camille Blake   Mar 22,2024 UP

アポロの像に欠けてはならぬは、そういう繊細微妙な線だ。あの節度ある限定、粗暴な興奮からのあの自由、あの知恵にみちた平静が、この造形家の神にはつきものなのだ。
ニーチェ『悲劇の誕生』(秋山英夫訳)

 疲れている場合ではない。いま必要なのは、世界を新鮮に感じることだ。そしていまぼくは、ジュリア・ホルターの新作『サムシング・イン・ザ・ルーム・シー・ムーヴス(彼女が動く部屋のなかの何か)』を聴いている。

 「アート」という言葉はいまでは曖昧で実体を欠いた、ともすれば再開発の付属品みたいになっているので使いたくないから、少々回りくどい説明をする。ブライアン・イーノの『アナザー・グリーン・ワールド』(1975年11月)に大きな影響を与えたアルバムに、ジョニ・ミッチェルの『コート・アンド・スパーク』(1974年1月)がある。彼女のソングライティングの才能もさることながら、作品の謙虚さ、そして音の錬金術たるエンジニアリングに感銘を受けて、イーノは当時それ相応に聞き込んだというが、おそらくケイト・ブッシュの『ザ・ドリーミング』(1982年)や『愛のかたち(原題:House of Love)』(1985年)もこの系譜に加えることができるだろう。スタジオ・クラフトによる繊細な音楽、サウンドの細部におけるトリートメントと変化、高度なエンジニアリングによる絵画めいた音像。ジュリア・ホルターの『サムシング・イン・ザ・ルーム・シー・ムーヴス』も同じ系統にある。

 2011年にマシュー・デイヴィッドのレーベルからデビューした、ロサンゼルスを拠点とするこのシンガーソングライターは、これまで5枚のスタジオ・ソロ・アルバムを出しているが、『サムシング・イン・ザ・ルーム〜』はひときわ輝いている。この新作は、内省的で控えめであることを美とする点においてイーノの『アナザー・グリーン〜』に近い。ともに間口は広く冒険的。決定的な違いは、ホルターのこれが2024年のサウンドであるということだが、『サムシング・イン・ザ・ルーム〜』はやはり『アナザー・グリーン〜』やブッシュの『愛のかたち』のような聴かれ方を望んでいる。消費され数年後には消えていくであろう多くの刺激満載の「現在」と違って、30年後も愛される音楽。その基準で言えば、『サムシング・イン・ザ・ルーム〜』は残る作品だ。

 イーノの『アナザー・グリーン〜』、いや、ことにブッシュの『ザ・ドリーミング』や『愛のかたち』は、いまでこそ誰もが認める傑作だが、それが出た当時は逆風があった。かいつまんで言えば、ロックやポップスのなかでいちいち芸術(実験)をやって何になる、というものだ(しかも女が)。曲のなかに創意工夫を凝らす、それは生産性と自己実現の要請からみればとくに望まれてはいない。しかしだからこそ、生産性と自己実現の要請が支配するこの世界では、なおさら価値のある行為になっている。人間の生活から、大衆音楽から好奇心が失われたらどうなってしまうのだろう。ホルターの『サムシング・イン・ザ・ルーム〜』は、意識のなかにそっと流入しうる音楽で、心を振るわせ、感情を包み、悲しみが出発点にあったとしても清々しく風通しが良い。きめ細かいが乱雑で、いろんなアイデアが詰まっている。

 なーんて偉そうなことを書きながら、わが質問たるや最初から空振りしているのだが、坂本麻里子通訳のおかげで聞き出せたホルターの発言は、作品の理解を深めるうえでヒントになる。誤解しないで欲しいのは、『サムシング・イン・ザ・ルーム〜』がベッドルームで作られた個人主義的な音楽の対極にあるということだ。アルバムにはドローンもあればアンビエント的なアプローチもあるが、そうした音楽的な語彙もお決まりの装飾にはならず、この美しいアルバムの柔軟性と広がりの一部として融和している。私たちはここに語られなかった言葉を見つけ、聴かれなかった音楽に出会うだろう。ハイリー・リコメンドです。

ケイト・ブッシュには霊感を受けてきた。で……ケイト・ブッシュの歌のなかでもとくに “Breathing”、あの曲は実際、今回のレコードのインスピレーションのひとつだった。それは具体的には……プロダクション面で、ということだし、あのベースのサウンドは間違いなく、明らかな影響。

あなたのデビュー・アルバムのタイトル(悲劇)はニーチェの著書から来ているとずっと思っていたのですが——

JH:なるほど、それは面白いわね。

実際は、あれはエウリピデスの『ヒッポリュトス』にインスパイアされたものだそうですね。

JH:そう、その通り。

でも、ここで敢えて、あなたの活動をニーチェ風の二分法に喩えることが許されるなら、あなたの音楽はアポロン的で、ディオニソス的なものが多いロックやラップが支配的な音楽シーンで、アポロ的なものの魅力を作品にしてきたというのがぼくの印象です。

JH:フフフフッ!

しかし前作『Aviary』ではあなたのなかのディオニソス的なものが噴出してもいる。そしてそれから6年後のいま、あなたは再度アポロ的なものを深め、強化しているように感じたのですが、いかがでしょうか?

JH:まあ……それらの定義を調べる必要があるな。「アポロ的」と「ディオニソス的」、その意味を実際はちゃんと知らないから。ただ、たぶん思うに、ディオニソス的というのはきっと……何かをエンジョイすること、娯楽・耽溺といった面を意味するんだろうし、アポロン的はもっと高度な……前衛的な美学、みたいな? でもほんと、自分はよく知らなくて。

通訳:いや、大体そういうことになります。質問作成者の解釈は、アポロ的=静的で夢幻的、ディオニソス的=快楽的で過剰で激しい、というものです。

JH:オーケイ、なるほど。うん、んー……そうしたことは考えていなかったと思う。自分のレコードや音楽に関して、そうした区分を考えたことはない。でも、それってジャーナリストが機敏に察知して分析するようなことであって、私自身はそれをやるのは得意じゃない、というか? もちろん、そうした区分や意見をもらうのは、構わないんだけれども。自分からすれば、どのレコードもひとつひとつ……毎回、それらが出て来る場所は少しずつ違っている。私の人生や、私の世界のなかでどんなことが起きているか、そして世界全体で何が起きているか、そういったこと次第でね。で、多くの場合、レコードを作りはじめても、一体何が起こるか私はわかっていないと思う。自分が何を作ることになるかもわかっていないし、明確にゴールを設定することもない。とにかく何が起きるか、何が浮かび上がってくるか見てみよう、と。だから……うん、いまの意見に関しては、自分はなんとも言えない。興味深い分析だとは思う。

通訳:了解です。批評家的な分析ですよね。批評家は「分析し過ぎる」こともありますし。

JH:(笑)うん、でも、それは別に構わない。正直、誰かがそうやって分析してくれること自体、私はすごく嬉しいから。

アルバムを聴いているとクラリネットやシンセサイザーの音色が印象的ですが、同じようにダブル・ベース/フレットレス・ベースとドラムにも活力があり、穏やかさのなかの脈動のようなものが感じられるというか? いま言ったようなことは意識されましたか?

JH:そうね、初期の段階で自分が求めていたこと、それを掴もうと取り組んだことのひとつに、官能的なフィーリングを全体的に持たせたい、というのがあった。それってかなり曖昧だけれども、本当に、こう……なんと言ったらいいかな、うん、自分が何よりもっとも気を配っていた目標はそれだった。フィーリングと、そして歌の語るストーリー以上に、歌がどんなフィーリングを宿すか、そこにいちばん気を配った。だから、そう、いま言われたような音響要素のすべてに、触知できる世界みたいなものをクリエイトしたかった、それは間違いない。あれらのサウンドすべてに対して私はとても敏感だったし、フィーリングに関してもそう。たとえばベース奏者のデヴ(Devin Hoff)、彼は多くの歌でベース・ラインも書いてくれたけれども、彼に「長引いた音を」と説明してね。つまりスローで、ベンドのかかった湾曲した音というか、そうした特定のフィーリングを私は強く求めていた。それに他の楽器も同様で、湾曲する感じの、ゆっくり遅くなっていくラインで……うん、ゆったりした、官能的な……たぶん、かなりあたたかみのある、そういうフィーリングが全体を通じてある、というか。うん、それなんじゃないかと思う、あなたがこのレコードから聴いて取ったもの、経験したものというのは?

通訳:そうですね、あたたかな海というか、刻々と変化していく有機生命体めいた音の世界というか。

JH:うん。

あなたの音楽的祖先には、ジョニ・ミッチェルとケイト・ブッシュがいるように思います。彼女たちは歌うだけではなく、自分のサウンドについても意識的で、サウンドのイノヴェイターでもありました。日本人のぼくから見て、あなたはその系譜にいるように思えるのですが、ご自身ではこの意見にどう思いますか?

JH:ええ。間違いなく、彼女たちのプロダクション、そしてそれらふたりのアーティストの作ったレコードの数々にはインスパイアされる。たぶん、それがもっとも明白なのはケイト・ブッシュの音楽だろうし、彼女のプロダクションには霊感を受けてきた。で……ケイト・ブッシュの歌のなかでもとくに “Breathing”(1980年)、あの曲は実際、今回のレコードのインスピレーションのひとつだった。それは具体的には……プロダクション面で、ということだし、あのベースのサウンドは間違いなく、明らかな影響。それもあるけど、あの曲のヴァイブに……ベースに、シンセもそうなんだけど、あの曲ってたしか、お腹のなかにいる胎児が、放射性下降物に汚染された空気を吸うのを怖がる、みたいな歌詞で——だから主題としてはとても強烈なんだけど、と同時に、あの歌が「身体」に焦点を当てたこと、そしてあのトピックが、奇妙なことに自分には重要に思えた。あの歌は子宮のなかから歌われている、みたいなことだし……それってものすごく気味が悪いんだけど(笑)

通訳:(笑)ええ。

JH:と同時に、興味深くもある。

通訳:ケイト・ブッシュは舞踏やマイムを学んだので、ヴィデオ等でもよくダンスする人ですよね。

JH:確かに。

通訳:なので、セクシャルな意味ではなく、自分の身体の使い方をよく理解している人なのかもしれません。

JH:ええ。でも、私はそうじゃない(笑)。その面は、全然ダメ。

(笑)新作からの “Spinning”のヴィデオで、ちゃんと踊っているじゃないですか!

——ああ、オーケイ(笑)。うん、ちょっとだけね。

ジョニ・ミッチェルはジャズからの影響がありますが、あなたにもブラック・ミュージックからインピレーションを得ることがあるとしたら、それはなんでしょうか? まあ、ひとくちに「ブラック・ミュージック」と言っても、非常に多岐にわたるので、答え難いかもしれませんが……。

JH:うーん……そうだな、思うにたぶん……興味深いのは、アメリカ産の音楽の多くは、ブラック・ミュージックから派生している、ということで。

通訳:ですよね。

JH:うん。それこそ、ブルーズに……実際、こうしたことをよく話していてね、というのも、私はソングライティングの授業で教えているから(笑)! でも、そうだなぁ、本当にものすごい量があるし……うん、ブラック・ミュージックはとても数多いし、その質問に答えるのは、少々難しい(苦笑)。だけど…………アフリカン・アメリカンの音楽について考えても、それらだって色んな音楽文化から発したものだし……ブルーズがいかにジャズに繫がっていったか、それをたどるのは興味深い。そして、そこからさらに、いま私たちが聴いている音楽の実に多くへと、いかに結びついていったか……それに、いわゆる「伝説的」な白人アーティストが、どれだけその音楽伝統から拝借し、利用してきたかも興味深いわけで。でも、私にとってとても重要なアーティストのひとりと言えば——ジャズ界から生まれた、でもそれと同じくらい彼女自身の世界からやって来た人でもあった、アリス・コルトレーン

通訳:ああ、なるほど。

JH:彼女は、彼女の音楽のなかでブルーズのハーモニーを多く引用したし、と同時にかなりモーダルでもあって、それにインド音楽のラーガからもかなり影響を受けている。でも、彼女は私にとっての大影響であると共に、私の世代のコンポーザーの多くにも影響を与えている。たぶん、いまから20年くらい前だったら、彼女の影響を認める人はこんなに多くなかったんじゃないかと。彼女はとても大きなインスピレーション源だし……うん、アリス・コルトレーンの音楽は自分にとってかなり重要だと思う。とくに編曲面、そして自分に関心のある和声学の面で。だから、プロダクションに関してはケイト・ブッシュを、メロディがどうハーモニーと作用するかの和声学に関してはアリス・コルトレーンの感性を考える、みたいな。

質問・序文:野田努(2024年3月22日)

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