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interview with Marihiko Hara

interview with Marihiko Hara

変わりゆく世界への処方箋

──原 摩利彦、新作『Passion』を語る

取材・文:松村正人    Jun 08,2020 UP

 静謐で流麗なピアノを軸に電子音やフィールド録音を配置(コンポーズ)した霊妙な音響空間でモダン・クラシカルの俊英と目される原 摩利彦は、ジャンルを意識して曲をつくることはあるかとの私の問いにPCの画面の向こう側で柔らかな笑顔をうかべて以下のように述べた。「モダン・クラシカルについては意識することはあります。ただこれは僕の作曲のポリシーなのですが、ジャンルから音楽をつくらないようには心がけています。だからといって僕の音楽が独自のジャンルだとは思っていませんが」ひかえめながら表現の土台にある倫理というほど大袈裟ではないにせよ、誠実さをおぼえるこの発言は原 摩利彦の音楽のたたずまいにも通じるものがある。
 2000年代後半に本格的な活動をはじめたことをふまえるとはや10年選手。自作曲のみならず、現代アートから舞台芸術や映像作品にも活動領域を広げつつ、野田秀樹やダムタイプとの協働作業などをとおしてかさねやキャリアはけっして浅くはないが、原 摩利彦の音楽はアルバムのたびに清澄さを増すかにみえる。環境音までもが響きに還元し楽音と交響する2017年の『Landscape In Portrait』から3年ぶりのソロ作はダイナミックな和声進行と質朴な旋律で幕を開ける。ピアノ一台、選び抜いた音で奏でる響きが原 摩利彦の現在地をしめすかのような、アルバム・タイトルも兼ねるその曲の題名を“Passion”という。その語義について作者は「情熱」や「熱情」という私たちのよく知る意味のほかに「受け入れること」があると注意をうながしている。バッハの“マタイ受難曲(Matth?us-Passion)”や今年3月に世を去ったペンデレツキの代表曲のひとつ“ルカ受難曲(St. Luke Passion)”にもみえるキリスト教でいうところの「受難=Passsion」の原義に中世にいたって感情をあらわす意味が加わったと原 摩利彦は説明するが、この言葉を掲題した理由については、十代のころ、音楽家になることを決意したさい、やがて訪れるにちがいないよろこびと苦難に思いをいたしたことにあるという。そのことを証すように『Passion』には十代のころにつくったという溌剌とした“Inscape”はじめ、邦楽器の使用など、近年の舞台~展示作品への参加で得たアイデアをもとにした楽曲など、幅広い傾向をとらえるが、作品の総体は原 摩利彦という音楽家の原点である清澄な場所を照らすかのようである。
 そこにある「受難」と「情熱」、あるいは「受け入れるつよい気持ち」──「Passion」という単語の両価的な意味がこれほど身につまされることもない、緊急事態宣言下の5月14日、京都と東京をオンラインで結んで話を訊いた。

能管を使用した「Meridian」などでは電子音と区別がつかないようなトランジションを施しています。邦楽器のものとされている音の響きと西洋に由来するとされている電子音響がひとつながりにつながっていくようなイメージといいますか、因襲的なものから響きだけをきりとって配置する、コンポジションですよね。

■ 原さんはいま京都ですか。

原 摩利彦(以下原):京都です。ずっと自宅です。

■街の雰囲気はいかがですか。

原:一昨日ぐらいからちょっとずつ、僕の家のちかくのお店は開きはじめています。近くのカフェも、テイクアウトの営業ははじまっているみたいですね。

■日常が戻りはじめている、というほどはないにせよ──

原:その準備をはじめていると感じでしょうか。僕は窓から眺めているだけですが。

■『Passion』の制作はコロナ・パンデミックの前にはじまっていたんですか。

原:そうです。(音楽にかかわる)テキストについてもこうなる前にしあがっていました。ですからアルバムにはいち個人の気持ちは反映していますが、世界状況を考えていたわけではありません。

■とはいえ結果的には暗喩的といいますか、現在の状況につながる側面が生まれてしまった。

原:自分の出した言葉の意味が変わってきたと思っています。

■制作作業の開始はいつだったんですか。

原:集中して作業したのは去年の1月から8月ですね。それまでにいろんなほかのプロジェクトの断片などをつくりためていたので、その期間を入れるともう少し前になりますが。

■いつも断片からアルバムをつくりあげていかれるんですか。

原:かならずしもそうではありません。アルバムをつくろうというとき、ある断片、断片といってもまとまった部分もあるんですが、入れたいというのが集まってきたらアルバムになる感じですね。それが全体の半分以下くらい。サウンドトラックなどのプロジェクトでは作曲したすべての作品を発表できるわけではないですし、舞台などでは再現がむずかしかったりもするので、つくりかえて自分のディスコグラフィに入れたいというのがあります。

■原さんは舞台の劇伴などにも携わっておられますが、お仕事以外の曲づくりも日常的にされているんですか。

原:いま家にはピアノがないんですが、キーボードなどでつくっていますね。練習を兼ねた即興のような作曲のようなことをふだんからやっています、その一方でコンピュータはつねにさわっていて気になるソフトウェアを試したりしています。そこで生まれたアイデアをノートに記したりして最終的に曲になることもありますよ。

■そのような積み重ねがあって去年のはじめにアルバムになりそうだと気づいたということですね。

原: 6月だったと思うんですが、アルバム1曲目の“Passion”という曲に意図的に書こうと思ってとりくみました。それができてきたとき、いけるんじゃないかなと思いました。

■アルバムを象徴する曲が必要だと考えたということでしょうか。

原:たしかにそう考えました。

■どういった曲が必要だとお考えになったんですか。

原:すっごく具体的にもうしあげますと(笑)、いきなりテーマがはじまる、これまでの楽曲よりも力強いメロディをもったテーマですね。形式としてはピアノのソロをやりたいと思っていました。ほかの曲はこれまでのものや新しいもの、いろいろですが、流れていくような感じがあると思うんです。1曲目にはリスナーと面と向かっている曲が必要だと思い、試しているうちにできました。

■そのころにはおぼろげながらアルバムの輪郭も浮かんでいたんですよね?

原:はい、最後につくったのがアルバムでも最後の“Via Muzio Clementi”なんですが、それは8月のなかばにアルバムのまとめ作業をするためにローマに滞在したときに、もう1曲つくれないかと試してできた曲です。それもあって柔らかい雰囲気になっていると思います。


Photo by Yoshikazu Inoue

■おだやかさという観点からイタリアの作曲家ムチオ・クレメンティをモチーフにとりあげたんですか。

原:(笑)いえ、滞在したアパートの前の通りが“Via Muzio Clementi”日本語でいうと「ムチオ・クレメンティ通り」というクレメンティが生まれた土地だったんですね。

■牧歌的なピアノ曲を書く作曲家でその作風を意識したかと思ったんですが、ちがいましたね(笑)。

原:そうなんですが(笑)、ひとつめの和音がGメジャーのすごくシンプルなんですね。クレメンティの音楽は和音構成がすごくシンプルで、その点はちょっと関連があるかもしれません。

取材・文:松村正人(2020年6月08日)

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