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『ファルコン・レイク』

『ファルコン・レイク』

監督・脚本:シャルロット・ル・ボン
出演:ジョセフ・アンジェル、サラ・モンプチ、モニア・ショクリ
原作:バスティアン・ヴィヴェス「年上のひと」(リイド社刊)
提供:SUNDAE 配給:パルコ 宣伝:SUNDAE
原題:Falcon Lake|2022年|カナダ、フランス|カラー|1.37:1|5.1ch|100分|PG-12|字幕翻訳:横井和子
© 2022 – CINÉFRANCE STUDIOS / 9438-1043 QUEBEC INC. / ONZECINQ / PRODUCTIONS DU CHTIMI

8月25日(金) 渋谷シネクイントほか全国順次ロードショー

◉『ファルコン・レイク』公式サイト: sundae-films.com/falcon-lake
◉公式SNS(SUNDAE)
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三田格 Aug 11,2023 UP

(編集部註)本記事は結末(ラスト)に言及しています。

 ジャレット コベック著『くたばれインターネット』はダグラス・クープランドの疎外感をミシェル・ウェルベックが踏みにじりながらビアスの『悪魔の辞典』をあちこちに差しはさんだような小説で、ネット社会をボロクソにこき下ろしている割に登場人物が何を着ているのかいっさい描写がないという意味で同じギークの世界観をさまよう不合理な衝動の産物であった。何をどうすることもできないけれど、インターネットがある限り世の中の雰囲気はけして良くならないということだけはわかるというか、この世界をネット社会にしてくれと頼んだわけではないのにネット社会になってしまった不幸を噛みしめたい時には最適のロードマップではないかと。シャルロット・ル・ボンの初監督作『ファルコン・レイク』はバスティアンの家族がフランスからカナダの避暑地に移動してくるところから始まり、一足先に来ていたクロエが彼女の母親から「スマホ禁止!」と言われると、そこからはインターネットが存在しない世界になっていく。バスティアンもクロエも70年代のティーンエイジャーのように夏休みを過ごし、とても充実した日々を過ごす。最初はまだ不満げだったクロエがバスティアンに「スマホは?」と訊くと、「14歳になったら」と答え、16歳のクロエもそこからはスマホを知らないバスティアンと同じ目線で遊ぶようになる。彼らは湖で遊び、親の目を盗んでワインを飲み、バスティアンが悪酔いして吐くと、クロエはゲロまみれのバスティアンをシャワーで洗ってあげる。至近距離でクロエと接したバスティアンはクロエを異性として意識するようになり、クロエに向ける視線が微妙に変わっていく過程がとても繊細に描かれている。バスティアンとクロエは性の知識を互いに小出しにするようになり、性と自意識が結びつくことで一人前の人格が形成されていく様子も滑らかに伝わってくる。クロエがおっぱいを見せてくれそうな場面でシダ・シャハビの音楽がシガー・ロスみたいになるのはなんか納得だった。性の主体になることが人の成長においてどれだけ大きな意味を持つことか。このことをスマホを手にする前にバスティアンは経験する。

 バスティアンから見えるハイティーン=性の主体が加速度をつけて錯綜する様子も巧みに織り込まれていく。とくに避暑地の10代が集まって騒ぐDJパーティのシーンは秀逸で、ミクスチャー・ロックで踊り狂うお兄さん、お姉さんがバスティアンの目には野獣のごとく見え、60年代のヒッピー・パーティを描いた『ダーリング』(65)や『セコンド』(66)の異様さを思い出させるに充分な迫力があった。中から見るのと外から見るのでは大違いというか、まさかダンス・パーティというものをこんなにも暴力的に見せてしまうとは。少し下の世代にはレイヴ・カルチャーもこんな風に見えていたのだろうか。野獣のようなハイティーンはそして、日常的に恋人を取っ替え引っ替えしているような印象操作が続き、人格形成に不安を覚えたバスティアンはクロエを置いてその場から1人で脱出する。帰りの路上で彼は子鹿の死体を目にする。このカットがあまりに長い。セックス・ピストルズ『ザ・グレイト・ロックン・ロール・スウィンドル』の裏ジャケットと同じ構図で死んでいる子鹿のカットはさすがに長すぎると思ったけれど、最後まで観終わった時にその意味はようやくわかる。そして、これと同じ意味を伝えるシーンが何度も繰り返されていたことも最後になって気がつく仕掛けになっている。(以下、ネタバレ)似たようなトリックはフランソワ・オゾン『スイミング・プール』(03)でも使われていて、ということは『ファルコン・レイク』も『シックス・センス』(99)を起点とするニューエイジの余波のなかにあり、肉体を超越する志向を持っているということになるけれど、困難と成長が結びつかず、弁証法的なロマンに解消されないという意味で近代はすでに過去形なのだということが印象づけられる。

 バスティアンが取り返しのつかない嘘をついたことで物語の終盤は急速に焦燥感を帯び始める。マンガだとページをめくる手が止まらなくなる部分である。バスティアンがハイティーンの振る舞いに脅かされたことで主体性を失いかけ、これを挽回するために嘘をついたことは明白で、嘘をつくことは大人になるための近道であり、思春期にはよくある振る舞いでもある。しかし、バスティアンの嘘は一通のメール(というネット社会の産物)によって暴露され、彼はクロエの信用を失ってしまう。1回の失敗ですべてを失うというのは極めてネット的で、それによって導かれるバスティアンの死はりゅうちぇるやコーネリアスの追い詰められ方を想起させる。登場人物たちはインターネットを使わないとしても彼らを取り巻く世界はもはやネット的なのである。失敗を乗り越えて次に進むという成長の図式は初めからなく、一度失敗をしたらずっとその場で足踏みをしていなければならない。弁証法どころか話し合いも成立しないのがネット社会であり、コミュニケーションが成立しているようで、自分に向けられた言葉でもすべてが他人同士の会話でしかなく、「みんなって誰?」を繰り返すしかない。それこそ主体性がどこにあるのかわからないニューエイジそのままで、バスティアンが泣いて謝ってクロエが一発ぶん殴ってぐちゃぐちゃになれば70年代の青春映画のようになったのかもしれないけれど、そのような感受性がネットに取り巻かれていることで導線を失い、誰の意志なのかわからないままに人が死んでいく。エンディングではバスティアンが死んでも誰も泣いていない。呆然としているだけ。死んだ当のバスティアンも同じくで、自分の姿が誰にも見えていないことを悟り、諦めたような表情にしかならない。その瞬間にこの作品は最初から時間軸が歪んでいたことが判明する。クロエはオープニングから何度も死体のマネをしていたこと。死の記憶が予感として何度も先取りされていたこと。バスティアン自身が幽霊のコスプレをしていたこと。またイメージは時間軸を移動できても、スマホを手にする前に死んだバスティアンには言葉を現在に伝えるすべがない。死んだ人の言葉が届かなくなるのは当たり前だけれど、この作品では過去も未来も同時にふさがれてしまうのがネット社会だという印象にすり替えられる。ネット世代の橋元優歩が編集部にいた頃、「歴史なんて必要ですか?」と言っていたことを思い出す。

 フランスの有名な討論場組でご機嫌なお天気お姉さんを務めていたル・ボンが役者になることは約束された道だったのかもしれないけれど、まさか映画監督になるとは思いもしなかった。しかも、初監督とは思えない出来である。上映が終わると、背後から呼びかけられ、振り返ると木津くんだったので、どちらからともなくフランスは女性の映画監督が増えたよねという話になった。レベッカ・ズロトヴスキ、ミア・ハンセン=ラヴ、レア・フェネール、ヴァレリー・ドンゼッリ、メラニー・ローラン、レア・ミシウス、ソフィー・ルトゥルヌール……と実力派が並び、なかではセリーヌ・シアマが頭ひとつ抜けている(音楽はほぼ全作、TTCのパラ・ワン)。2000年代にはオゾン、オディアール、ノエ、ゴンドリー、ケシシュと男ばっかりだったのに、こんなにも変わってしまうとはさすがに驚く。そしてこの列にル・ボンも加わったと。見終わってからなぜか岩館真理子『アリスにお願い』が読み返したくなり、家に帰ってすぐに読んでみると、ストーリーや設定は似ても似つかないのに「嘘」をついたことと「人の命」がつながっているというテーマが両作には共通していた。

三田格