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aus

Ambient環境音楽

aus

Eau

FLAU

Bandcamp

デンシノオト Jan 14,2026 UP

 音が呼んでいる。音と音が呼び合っている。静かに。やさしく。深く。心を鎮めるように。水流のように。

 アウス(aus)の『Eau』(FLAU)を聴いて、まず感じたのは、そんな「静けさ」の感覚だった。音楽が何かを語りかけてくるというより、こちらが耳を澄まさなければ何も起こらない。その距離感が、この作品を特別なものにしているように思う。穏やかで透明度の高いアンビエント作品という言葉は決して誇張ではないが、それ以上に、『Eau』は「音に身を預ける姿勢」が求められるアルバムなのだ。

 東京出身の作曲家/プロデューサー、Yasuhiko Fukuzonoによるソロ・プロジェクト、アウスの作品群を振り返ってみても、本作のサウンドデザインは明らかに異質である。ただし、それは実験性を誇示する方向ではない。むしろ構えがなく、音が淡々とそこに置かれている。そのため、難解さに身構える必要はないが、漫然と聴き流していると、何も掴めないまま終わってしまう危うさもある。『Eau』は、自然体で聴ける一方、注意深く耳を傾けるほどに、表情がゆっくりと浮かび上がってくるタイプの作品だ。

 何より印象的なのは、この作品の「聴きやすさ」が、単なる簡素化や情報量の削減によって成立していない点である。音は徹底して整理され、余分な要素は排されているが、その内側では微細な変化が途切れることなく起こっている。初めて聴いたときには、ただ穏やかに流れていくだけのように感じられた音が、繰り返し聴くうちに、配置や響きの変化として少しずつ輪郭を持ちはじめる。このアルバムは、即効性のある快楽よりも、時間をかけた聴取によって信頼関係を築いていくような作品だ。

 本作でアウスが箏をサウンドの核に据えている点も、個人的には強く惹かれた部分である。エレクトロニカを基盤に、緻密な音響設計で評価されてきたアーティストが、ここまで自然に日本の伝統楽器を溶け込ませていることに、驚きと同時に納得もあった。箏は旋律楽器として前に出るのではなく、音色や余韻、共鳴といった要素が丁寧に扱われ、電子音やピアノと境界線を失っていく。その結果、『Eau』には、どこか日本的でありながら、日本的と断言できない、不思議な中間領域の音風景が広がっている。

 箏奏者・奥野楽(Eden Okuno)の演奏は、このアルバムの質感を決定づける重要な要素だ。柔らかなタッチと倍音を多く含んだ響きは、明確な主張をすることなく、音が立ち上がり、空間に広がり、消えていくプロセスそのものを支えている。持続音のシンセサイザーや控えめなピアノと重なり合うことで、音は常に流動的で、角の取れた状態を保ち続ける。

 『Eau』の音の運び方は、即興性を強調するものでも、厳密な構造を誇示するものでもない。むしろ、作為が感じられない状態をどれだけ精密につくれるか、という点に重心が置かれているように思える。音が「鳴っている」ことよりも、「そこに在る」ことが重視されており、聴いているうちに、音楽を追うという意識そのものが薄れていく。気づけば、同じ空間に音とともに存在している。そんな感覚に近い。

 アルバム・タイトルの「Eau(フランス語で「水」を意味する)」が示す通り、本作のサウンドは形を持たず、水のように透明で軽やかだ。自然音楽やヒーリング・ミュージックのようなわかりやすい情景描写は前面に出てこない。音はただ現れ、変化し、消えていく。その連なりを追っているうちに、時間感覚が次第に緩み、音と音の間の余白さえも心地よく感じられてくる。この「何も起こらなさ」に身を委ねられるかどうかが、『Eau』を楽しめるかどうかの分かれ目だろう。

 冒頭の“Tsuyu”では、箏の単音が慎重に置かれ、その減衰と残響が空間に滲んでいく。旋律を追うというより、音が残していく気配を感じ取るような聴き方が自然と促される。“Uki”ではミニマルな反復が前面に出て、音の流れに身を預ける感覚が強まる。“Variation I”の反復は強調されすぎることなく、時間が静かに折り重なっていく印象を残す。“Orientation”では音の配置が立体化し、ヘッドフォンで聴くと奥行きの感覚が心地よく広がる。

 中盤以降はさらに音数が絞られ、静けさが前面に出てくる。“Variation II”では輪郭が溶け、“Tsuzure”では箏の断片、ドローン、水音などが重なり合い、穏やかなテクスチャーを形成する。“Shite”ではやや感情的な反復が現れるが、全体のトーンは崩れない。“Minawa”と“Soko”ではピアノと環境音、箏が重なり、環境音楽やエレクトロニカ的な側面がより明確になる。終曲“Strand”で音が薄れていく流れは、終止感というより、ただ音が去っていく様子を見送るような感覚に近い。

 『Eau』は、日本の環境音楽や空間音楽の系譜とも接続されている。例えば、諸井誠の『和楽器による空間音楽』や、吉村弘の箏作品に見られる、音を空間の一部として捉える感覚は、本作の音の置き方や時間感覚と確かに共鳴している。また、芦川聡や廣瀬豊の美学、さらには武満徹や坂本龍一が追求してきた音と沈黙、アコースティックと電子音の関係性も、前面に出ることなく背景として滲んでいる。ただし、それらは引用として提示されるのではなく、あくまで無意識の層で作用しているように思える。

 そのため『Eau』は、日本的な文脈を背負いながらも、特定の文化性や歴史性を強く主張しない。場所や時代を限定しない抽象性が保たれており、聴き手の生活環境や心理状態によって、受け取られ方が変わる余地が大きい。その「曖昧さ」こそが、この作品を繰り返し聴きたくさせる理由なのだろう。過度な抽象性に寄りかからず、「音そのものの心地よさ」を丁寧に保っている点も、本作の美点である。集中して聴くこともできるし、生活の中にそっと置いておくこともできる。そのどちらも拒まない柔軟さが、『Eau』を日常の時間と無理なく共存させている。

 アンビエント・ミュージックの「聴きやすさ」と「奥行き」を、ここまで自然に両立させた作品は、そう多くない。『Eau』は、とても穏やかで、耳に負担をかけない作品である。音の質感や余韻に意識を向けることができる人にとって、長く付き合える一作になるだろう。

デンシノオト

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