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バリー・キャント・スウィムのライヴ・セットを〈フジロック〉で観なかったことは今夏の心残りだ。2日目夜のホワイト・ステージに登場したが、なにしろ僕はヘッドライナーのヴルフペックに向けて、夕方のジェイムス・ブレイクからずっとグリーンの最前付近に張っていた。あの日のグリーンは時間を追うごとに最高潮を更新し続けるような状態だった……が、あとになって風間一慶(しろみけ)さんのレポートを読むと、いまさら身体がうずうずする。一介のクラブ・ミュージック好きとしては、やはり悔しさが残る(補足:ちなみに、フォー・テットも見逃した)。
まずは思い出話を。エディンバラ出身のジョシュア・マイニーことバリー・キャント・スウィムとの遭遇は、〈Shall Not Fade〉からの「Amor Fati EP」だった。ジョー・サンプルを引用したハウスが展開される小品からは、同レーベルで言えばフェリペ・ゴードンのようなメランコリックなジャジー・ハウスか、あるいは彼のふざけた名から連想して、DJボーリングやDJサインフェルドなどロウファイ・ハウスの文脈としても聴いていた記憶がある。いずれにせよ、広くない場所で流れる四つ打ちという印象を抱いていた。
当時盛り上がりを見せたこれらベッドルーム的な音は、個人的にハウス・ミュージックへ入れ込む過程での良き入口だったと、いま振り返って思う。
そんな私的な思いもあり、このときの周辺の名はその後も追い続けていたが、はっきりいってバリー・キャント・スウィムの躍進ぶりは他を圧倒している。まず2023年のデビュー・アルバム『When Will We Land?』でいきなりマーキュリー賞の候補に加わると、ツアーは軒並みソールドアウト、リリース元の〈Ninja Tune〉に “10年がけの目標は〈O2 Academy Brixton〉” と語ったのも束の間、2024年には早くも3公演を果たしている。このスピード感には驚かされる。
破竹の勢いが続くなかでの今作『Loner』はどうだ。ブレイクを経た現実のめまぐるしい変化による影響は想像に難しくなく、オープナーのAI音声による語りは、彼の予期せぬ成功による当惑が端的に表されているし、たしかに前作と較べると内省的な印象だ。それはタイトル『Loner』(=孤独)からも明らかだろう。他方で、外向きなダンス・サウンドも前作より推進されており、特に “Different” や “Still Riding” などはアグレッシヴでより踊れる。いまや過剰な快感原則とでも言うべきビルドアップ/ドロップダウンの定式に接近する瞬間もあるが、彼の内的な感情も十分に散りばめているためか、過剰にはならず解放的な身体性と親密な情感がうまく同居していると感じた。まるでEDM的な音が一時を席巻した “その後” における、フェス/アリーナ仕様のダンス・ミュージックの在り方のひとつをも提示しているようで、世代的にも刺さるものがあり心が揺さぶられた。この点は、1日目の苗場のヘッドライナーであったフレッド・アゲイン‥にも顕著に感じている。
こうして書いてみると、バリー・キャント・スウィムはずいぶん遠くへ行ったようにも思える。はじめは──いわばYouTube上でも機能するハウス・ミュージックだったが、そのダイナミズムは瞬く間に苗場の大舞台にまで拡大した。彼の音はベッドルームに留まることを知らなかったようだ。今後、どんな展開が待ち受けているのか期待せずにいられない。……そしてやはり、このライヴ・セットが観れずに悔しい。もう何も見逃さないよう、後悔しないように、現場へ足を運ぼう。
渡部政浩