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John Cale

Art Rock

John Cale

POPtical Illusion

Double Six/ビート

野田努 Jun 19,2024 UP

 痛くて眠れないので睡眠薬を欲しいと医師に言った。就寝前にそれを飲んで、布団のうえに痛みをこらえながら横たわる。目を閉じてしばらくすると、薬が効いてレム睡眠状態に入った。身体は寝ているのだが、頭は働いている。悪いことばかりに思いがめぐる。目を閉じているのに、自分の人生の暗い側面が断片的に昔のフィルム映画のように見える。ジョン・ケイルのことを考えよう。
 ちょうどイアン・マーティンによるインタヴュー記事をポストしたばかりだった。ぼくもあのオンライン取材に立ち会った。ケイルはヴィデオ機能をオフにしていたので、黒い画面があって、彼の声だけが聞こえた。その声は、老境に入ったアーティストらしい深みのある声で、彼の話し言葉はじつに抑揚があり、ときに激しく、ときに枯れた声で、しかも大声で笑った。それはぼくに、丘の上の古城でひとり暮らしをしている老芸術家を思わせた。
 これはもちろん、一方的かつ身勝手な空想に過ぎないのだが、ついついぼくはジョン・ケイルをそうしたゴシック的な風景のなかにおいてしまう。ヴェルヴェッツのファーストには(じつに先駆的な)ゴシック的な要素があったし、彼はゴシック・ロックの先駆的作品、ニコの『The Marble Index』(もうひとりのゴシック・ロックの先祖、ジム・モリソン登場の1年後のアルバム)の共同制作者だし、彼のソロ作品『Fear』のジャケットからは『カリガリ博士』や『ノスフェラトゥ』めいた世界を連想してしまうのだった。まあ、もちろんそれらはまったくの別物なのだが、こうした自分の勝手な夢想は、ヴェルヴェッツにおけるケイルの陰鬱なヴィオラが耳にこびりついてしまったのがきっかけだ。遊び心あふれる新作を出したばかりの彼なら、許してくれるだろう。

 ジョン・ケイルの新作は、神経をすり減らすような前作『Mercy』における実験性とは打って変わって、彼流のポップ・ソング集である。ケイルがお茶目でユーモアのセンスを持つ人間であること、そして、18歳でピアノの神童となった彼が高度な専門教育を受けたヴィルトゥオーソであることはよく知られている。イーノの評伝『On Some Faraway Beach』にある回想によれば、「1日に7つの新聞を取り寄せ、テレビをつけ、電話をそばに置く」人間でもあったそうだ。ブレヒトやディラン・トマスを主題にする芸術家でありながらも、市民的な関心事に積極的なのだ。
 ケイルのこうした、陽の部分が今回のアルバムに広がっていることは、レーベルが用意した写真からもうかがえる。全曲メロディアスだ。モノクロームではない、カラフルで軽快な曲調。彼が言うように、作中に怒りが込められていることなど、曲をただ聴いている限りでは、ことに日本人リスナーにはわかろうはずもない。
 その曲からウェールズという土地のことまで連想することはないが、“Davies And Wales”は好きな曲のひとつだ。まるでこれは、ドリーム・ポップだと言いたくなる。続く“Calling You Out”もいい。ラウンジーなこの曲を聴いているとやさしい気持ちになれるからだ。人類への失望を主題に、機械でビートが刻まれる“Edge Of Reason”にしても、曲が進行するといつしか聖歌隊の歌のように思えてくる。“I’m Angry”という曲名の曲にしてもそうだ。怒りを歌っているというのに、あたかも切ないライヴ・ソングじゃないか。
 “How We See the Light”は今作のなかでもっとも愛される曲になるのだろうが、それに続く本人お気に入りの歌詞「右翼が図書館を焼き払っている」のある“Company Commander”は、滑らかな作中にあってとげとげしい残響を残している。ただし、彼のパンクな一面がもっとも格好良く表現されているのは“Shark-Shark”で間違いない。ここでのギザギザなギター演奏は、アルバムでもっともヴェルヴェッツに接近しているパートだ。“Funkball the Brewster”の静的な広がりも、「地獄に堕ちろと言っておくれ/全力でそうするよ」とひねくれた歌詞も、本作を特徴付けるポップと実験性という点においてすばらしい。

 アート・ロックというジャンル用語をたどると、ヴェルヴェッツや初期ロキシー・ミュージック、マジック・バンドらに行き着く。こうしたバンドには、その内部において異なるもの同士の衝突があった。ロックらしかぬものをロックに落とし込むのではなく、衝突によって生じた割れ目をぐいっと拡げてそこに新たなスペースをつくる。20世紀のそうした音楽をアート・ロックと呼んだのであれば、ロックはロック以上のものになろうとしているという当時の熱量を推し量ってわからなくはない。

 ケイルが前作と違ってほとんどひとりで作ったアルバム(そういう意味では今回のほうが“ソロ”と言える)の、サウンドの多彩さ、複雑さに焦点を当ててみる。心地よさと気色悪さを併走させている緻密なアレンジのなかにはサンプリングやノイズも含まれている。そしてこの老芸術家は怒っている。その感情をわからせないために、言葉とサウンドの微妙なニュアンスを駆使している。
 『POPtical Illusion』は安心させはしないことで安心させるアルバムだ。アルバムの題名はある種のギャグで、神経をすり減らすことはないし、陰鬱な要素はない。ぼくのなかの丘の上の古城の老芸術家が、クスクス笑いながら床一面に玩具を並べている。うまく眠れない夜にはちょうど良いのだ。

野田努