ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. PAS TASTA - GRAND POP
  2. Columns Squarepusher 蘇る00年代スクエアプッシャーの代表作、その魅力とは──『ウルトラヴィジター』をめぐる対話 渡辺健吾×小林拓音
  3. PAS TASTA - GOOD POP
  4. Columns エイフェックス・ツイン『セレクテッド・アンビエント・ワークス・ヴォリューム2』をめぐる往復書簡 杉田元一 × 野田努
  5. Tyler, The Creator - Chromakopia | タイラー、ザ・クリエイター
  6. Jabu - A Soft and Gatherable Star | ジャブー
  7. Tomoyoshi Date - Piano Triology | 伊達伯欣
  8. Shabaka ──一夜限り、シャバカの単独来日公演が決定
  9. interview with Kelly Lee Owens ケリー・リー・オーウェンスがダンスフロアの多幸感を追求する理由
  10. interview with Loraine James 路上と夢想を往復する、「穏やかな対決」という名のアルバム  | ロレイン・ジェイムス、インタヴュー
  11. DUB入門――ルーツからニューウェイヴ、テクノ、ベース・ミュージックへ
  12. Columns Nala Sinephro ナラ・シネフロの奏でるジャズはアンビエントとしての魅力も放っている
  13. 工藤冬里『何故肉は肉を産むのか』 - 11月4日@アザレア音楽室(静岡市)
  14. Columns 11月のジャズ Jazz in November 2024
  15. 音楽学のホットな異論 [特別編] アメリカの政治:2024年に「善人」はいない
  16. aus, Ulla, Hinako Omori ──インスタレーション「Ceremony」が東京国立博物館内の4つの茶室を舞台に開催
  17. People Like Us - Copia | ピープル・ライク・アス、ヴィッキー・ベネット
  18. 変わりゆくものを奏でる──21世紀のジャズ
  19. interview with Squarepusher あのころの予測不能をもう一度  | スクエアプッシャー、トム・ジェンキンソン
  20. VMO a.k.a Violent Magic Orchestra ──ブラック・メタル、ガバ、ノイズが融合する8年ぶりのアルバム、リリース・ライヴも決定

Home >  Reviews >  Album Reviews > Various- Funk.BR: São Paulo

Various

Baile FunkBruxariaMandelãoSão Paulo

Various

Funk.BR: São Paulo

NTS

野田努 May 27,2024 UP
E王
ラップは聴く者にある種の奇妙さを与え、別の意味で、私たちを私たちの社会の社会的良心から排除された次元へと接触させる。 ——モニカ・ド・アマラル「エロプティカが侵食するブラジルの公立学校の現状」より

 

 我々とは異なる文化から発信される音楽が、ひどく奇妙なもの、「なんじゃこりゃあ」というものとして聴こえるとしたら、それは我々がまだよくわかっていない知恵による創造物であるということ、先方から見たら我々のほうが奇妙である、ということだ。先々週、三田さんが紹介したタンザニアのシッソのアルバムは、たしかに、まずこの国で流れることのない音楽ではある。とはいえ、すでにシャンガーンを聴いている耳にはアフリカの高速リズムは経験済みではあった。その点、『Funk.BR』なるコンピレーションは、20年前のバイレ・ファンキ(またはファンク・カリオカ)、要するにブラジリアン・ヒップホップを聴いている耳には、クセのあるリズムから、理屈ではその現在形と理解できる。が、バイレ・ファンキがディプロらを通じてグローバル化し、ポップスに感じられるようになっているこんにちにおいても、これは新たな「なんじゃこりゃあ」なのだ。なんとまあ多彩な、変態的ハイブリッドの数々だこと。日本の裏側の、人口2億人の国のリオデジャネイロという二重構造を持つ都市の貧困地帯で生まれ、同国内のもうひとつのメガロポリス、サンパウロに飛び火した「ファンキ(ファンク)」は、さらに独自の発展を遂げ、ブラジル国内はおろか、北半球の都市部の人たちをも魅了している。

 バイレ・ファンキは、USヒップホップ(とくにマイアミ・ベースやエレクトロなど)の影響を受けながら、貧民街のディアスポラ文化——アフロ・ブラジリアンとネイティヴ、そしてアフロ・アメリカンがぐしゃぐしゃに混じり合って生まれたラップ&ダンス・ミュージックだった。サンパウロにおけるその発展型は、USからのトラップやドリル(あるいはレイヴ・サウンド)の影響を受けつつも、またしても斬新なサウンドを複数のアーティストがクリエイトしている。現行のシーンを知るうえで、ぼくは英米メディアをはじめ、「ブラジルポップス観測所」という日本語サイトを参考にした。かいつまんで言えば、サンパウロのファンキには「ブルクザリア」なるスタイル、「マンデラン」と呼ばれる路上パーティなど、いくつかのサブジャンルや細部化されたシーンがある。『Funk.BR』はサンパウロのシーンのスナップショットで、ぼくのような初心者にはじゅうぶんに衝撃的と言える内容だ。

 「ファンキ」は、彼の地の現実(暴力、セックス、ドラッグetc)を反映しながらも、制度的な人種差別、都市部における貧困、そして精神的な抑圧からの解放(ないしは抑圧されたリビドーの解放)の音楽として機能している。バイレ・ファンキの刺激を受けて、サンパウロのシーンが急成長したのは2010年代に入ってからだという。保守派からは、公衆衛生犯罪だと非難されたこともあったという話だが、そうしたファンキを黙らせようとする反対派の声もなんのその、彼らの音楽への情熱はYouTubeチャンネル「KondZilla」やTikTokなどを通じて広がり、音楽の魅力をもってリスナーを増やしている。いまではブラジルでもっとも人気のジャンルのひとつへと成長しているそうだ。

 英国のジャーナリストのフェリペ・マイアとジョナサン・キムがキュレーションし、NTSからリリースされた『Funk.BR』は、22のトラックを通じてこのシーンに光を当てている。ここでは、そのさわりだけ紹介しよう。アルバムは、不吉なアートワークにぴったりな、DJ Patrick RとDJ Pikenoによるゴシックかつインダストリアル調クラーベの“Vai No Chão”にはじまる。そして、Mu540とMC GWの共作、呪文のような“A Culpa Eh da Cachac​̧​a”へと続き、DJ Aranaによる“Montagem Phonk Brasileiro”ときたらもう……、このミニマルな電子ノイズの歪みは(ほかの曲にも言えることだが)静と動のメリハリもったみごとな構成で、決して力任せに作られたものではない。北半球の世界では「ノイズ/エクスペリメンタル」などと形容されていたであろう、すばらしい芸術作品だと言える。が、しかし、これはアカデミアとは無縁な、完璧なストリート・ミュージックなのだ。

 電子化され、変容したサンバ。DJ DayehとMC Bibi Drakによる“As Mais Top”におけるねばっこいエロティシズムや、そしてDJ P7とMC PRによる“Automotivo Destruidor”のダークな電子空間からも、当たり前のことだが、昔の(生まれた階級こそ違えど)ボサノヴァやブラジリアン・ポップスとも相通じる節回しがある。しかしながら彼ら新世代の発想力は圧倒的で、そのテクスチャーは北半球のマキシマリズムやフットワークにも通じている。DJ Pablo RBの“Boca de Veludo”は、本作のなかではわりと馴染みがあるテクノ・ダンスと言えるが、それでもこの曲の前では、ザ・レジデンツでさえもMORなのだ。『Funk.BR』において、もっともぶっ飛んでいる曲のひとつはDJ BlakesとDJ Novaesによる“Beat das Gal​á​xias”で、これは周波数による耳への攻撃というか何というか……。ハンマーで粉砕された電子サウンドは、ときには鋭い刃物型の音響彫刻にもなる。

 シーンのなかには、動画編集ソフトを使って作っている者もいれば、スマートフォンだけで作っている者もいるというが、ファンキとは、クリエイティヴな音楽制作に必要なのは、高価な機材ではないということのお手本のようなシーンでもある。エレクトロニック・ダンス・ミュージックにはまだまだ発明できる領域があった。そんなわけで、ブラジルはサンパウロ内の1600万人以上が暮らす貧困地帯でこの10年磨かれてきたダンス・ミュージックが、ここ1〜2年でいっきに北半球でも注目され、話題になっている。我々も、このトレンドを楽しもう。 

野田努