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Iglooghost

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Iglooghost

Tidal Memory Exo

LuckyMe

野田努 May 22,2024 UP

 音楽っていうのはつまり、サウンドをもって頭を吹っ飛ばしてくれないとね。こちらの思考速度(自慢ではないが、かなり遅い)よりも素速く、サウンドというサウンドが想像力の奥深くに潜り込み、暴れ、戦慄を与え、ぞくぞくさせる。これだよ、これ。こんにちのUKにおけるZ世代の電子音楽家としては、まあ、もっともインパクトのあるひとりに挙げられるであろうイグルーゴーストの新作は、この老いぼれた人間の身体さえも動かしてしまう。いいよなぁ。若いっていい。ぼくは昨年のロレイン・ジェイムスのアルバムを愛するひとりだが、彼女の作品における最新ジャングルはイグルーのこのアルバムにも通じている。1曲目から2曲目の“New Species”への展開を聴いただけで、余裕でぶっ飛ぶことができる。

 ここで少しばかりイグルーについての説明を。●アイルランド生まれ、イングランド南西部のドーセット州シャフツベリー出身。●10代にして注目された早熟のミュージシャン。●イグルー名義で活動する以前は、2010年代半ばのLAビート・シーンで注目された奇矯なヒップホップ、Miloのプロデューサー。●幼少期はポケモンに夢中で、アニメやJ・ポップからの影響もあり(が、そればかりでは音楽が陳腐になるとも言っている。わかってるじゃん)。とはいえ、きゃりーぱみゅぱみゅ好きでもある彼の作風は、一時期の欧米では「kimokawaii(キモカワイイ)」などと形容された。●フライローのギグの最中、自分のデモ音源を渡すほどのファンだった彼は〈ブレインフィーダー〉と契約し、2016年から2019年のあいだに1枚のアルバムと数枚のシングルを出している。●その音楽性は幅広く、グリッチ・ホップ、IDM、トラップ、グライム、ジャングル、ブレイクコア、アンビエント、いろいろなもののハイブリッド。●わかりやすく喩えるなら、フライロー×AFX。もしくはダブステップ時代のAFX。●ときに彼はマキシマリズム系のアーティスト、ハドソン・モホーク、スクリレックス、ソフィーらと同じ部類に括られる。●影響源にヒップホップがあるのはたしかだが、イグルーは、21世紀に顕著な大衆娯楽におけるオブセッショナルな「リアリティ」支配からの脱走者(「リアル」なる概念に関しては、『K-PUNK──自分の武器を持て』をひとつの見解として参照)。●デジタル時代のエレクトロニック・ミュージックの創造性を追求する青年。●往年の仲間には同郷のカイ・ウィストン、バービーらがいるが、今作に参加しているのは、スウェーデンのグライム・プロデューサー、Oli XL 。テキサスのIDM系プロデューサー、sv1&Djh。●今作のリリース元は、グラスゴーの〈LuckyMe〉。

 たしかに〈LuckyMe〉っぽい。まあ、それはそれでいいのだが、問題は、新作にはイグルーのトレードマークたる「カワイイ」がない……どころか、これまでの、なかば童話めいた妖しさもないことだ。「カワイイ」からも、ドリーミーな夢(どうか『Lei Line Eon』を聴いて)からも、幼稚園児たちが騒々しく走り回るピンクの遊園地からも、アヒルの機関銃ビートの運動会からも、テクニカラーの液晶画面からも離陸し、ハードに、ダークに、砂埃と悪天候にまみれ腐食した異界に着陸している。恍惚めいて美しく、ときにゴージャスな、つまり、マキシマリズムなどと呼ばれた彼のサウンドは、あわよくばUKドリルにもリーチしそうな、刺々しさを備えたものへと変容している。本人の説明によれば本作は、「イギリスの奇妙な海辺の——終わりのない嵐に見舞われ奇妙な異世界の原始的なゴミが海岸に流れ着いた、ならず者のクズ変人しか住んでいない——町にある、錆びだらけで水浸しのスクワットに住んでいたときに作ったアルバムだ」。「ぼくは地元で湧き上がっている音楽シーンに参加しようとしている。そこは、大嵐のせいで、他の地域から完全に隔離されている。しかも彼らは僕のことをあまり好きではない。でもなんとなく入り込んで、ぼくはようやくこのアルバムを作った。海のゴミ、違法な文字放送、下水道に潜む先史時代の三葉虫の天使についての曲をね」

 この興味深い物語(ファンタジー)は、彼の前史を思えばより興味深くなる。マキシマリズムについて、スマホ時代の情報過多の反映などという無粋なことは言うまい。若い世代がその上の世代にない、むしろ上の世代が嫌悪しそうな過剰な装飾性を持つことは、サブカルチャーの歴史においては健全な更新行為と言える。が、しかしね、こうした文化的対立が、なにかのきっかけで、どこかで交わってきたときにこそラディカルな大きなうねりが生まれうるのというのも事実……ではある。イグルーの作品を聴いてぼくが感服するのは、彼がデジタル時代だからこそ可能なクラブ・サウンドの開発に挑戦し続けていることにある。それはもう、まずは世代的に、AFXやスクエアプッシャーにはできないことをやっているわけだ。今回のダーク・ファンタジーを通じて見えるうす汚れたフリー・パーティは、ある意味ファンの期待を裏切っているのかもしれないが、彼の前にはいま無法者たちの新しい世界が広がっている。たとえそれが腐敗した世界であっても、ここは自由で、前を向いているという、なんとも暗示的な物語の創出と言えやしないだろうか。いいよなぁ。複雑に、過剰に、高速に分裂し、衝突を繰り返しギザギザに推進しながら、むしろ情報過多によって疲弊させられたイマジネーションに生気を与える。いつものように。いわば電子の暴れ馬、アルバム最後の“Geo Sprite Exo”。めちゃかっこいい。

野田努