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彼らは暗闇に虹を残す ——マッシヴ・アタック“ブルー・ラインズ”
ダブの面白さは、レイヴ・カルチャーと似ている。実際ぼくが行ったことのある、1993年、つまり再開発されるよりずっと以前の時代にブリクストンの倉庫でやった口コミのみのレイヴ会場のセカンド・ルームでは、中央に大きなピラミッドがあり(笑)、そしてキング・タビーやらルーツ的のダブがかかっていた(そしてピラミッドを囲んで何人かは瞑想していた)。この親和性は、ふたつの共通点からも理解できる。ひとつはこれらが基本的に都会の音楽であるということ、もうひとつは非言語的な音楽であるということ。さらにもうひとつ付け加えるなら、昔、ダディ・Gがサウンドシステム文化について語った次の言葉に集約されるだろう。「シンガーのような中心的存在は必要ないから、エゴイスティックな過剰な露出がない」
カナダは、ブリティッシュ・コロンビア州のリッチモンドを拠点にするシーカーズインターナショナルは、この10年ものあいだコンスタントに作品を出し続けて、世界中のいたるところでファンを増やしている。いや、この言い方は正確ではない。正確には、ダブと呼ばれる音楽が世界中にそのファンを増やしているのだ。しかしなんで、なんでこの、夜とコンクリートの壁が似合う非言語的な(要するに、特別な言葉のメッセージのない)無言の音楽が人びとを誘うのか。現実逃避のためのシェルター?
ダブがアンビエントと決定的に違っているのは、あの大腸に響く、暴力的とも言える低音にある。体験談として言うが、ロンドンのジャー・シャカのサウンドシステムでは、そのすまさじい低音に気分が悪くなってぶっ倒れる人だっているほどで、だからダブとは無視できるような音楽ではなく、間違っても他の何かをしながら聴けるようなしろものではない。あれほど身体に響く音楽はないし、無害なイメージを絶え間なく再生産する一部のアンビエント/ニューエイジなどと違って、いくらそこから離れていたとしても、気がつけば夜の回路にアクセスし、その暗闇のなかでは何かが消失され、何かが生まれる。
ダブは、その創始者キング・タビーの想像を遙かに超えたものとなって拡大していることが、シーカーズインターナショナルとジュワンストックトンの共作『キンツギソウルステッパーズ』を聴いているとまたしても感じられる。最新のダブをチェックしている音好きには言うまでもないことだが、ダブとは、いまや必ずしも引き算の音楽ではない。フィリピン系移民たちによるこのグループの音楽の背景には、Qバートのようなヒップホップのバトル系DJ(このシーンにもフィリピン系アメリカ人が大いに関わっていた)とベルリンのベーシック・チャンネル系のダブ・テクノがあり、この奇妙な組み合わせが彼らのユニークなサウンドの核にある。本作では、それをサウンド・コラージュの脈絡のない混乱をもって、さらにアップデートさせている。このアルバムを大きな音でかけていると、編集部小林が「ヴェイパーウェイヴですか?」と勘違いしていたが、近いのはダブルディー&スタンスキーの「レッスン1,2&3」のほうだ。80年代のサンプリング時代のヒップホップの支離滅裂だがビートに乗せてしまうあの遊び心、あのばかげた高揚感がここにはある。“Shinjuku Skanking”なる曲は、スタジオに『ファンタズマ』時代の小山田圭吾がいるのかと思わせるほど細切れのカットアップによるギザギザのグルーヴが展開されている。ラウンジーな“Mercury Rising”なんて曲もあるが、テーブルにグラスを置けないほど振動するこの音楽においてはカクテルパーティなどもってのほか。ぶっ飛びすぎているのだ。
ダブは、ぼくにとっては、理論化されることを拒みながら膨張する宇宙だ。近年、ぼくが聴いたダブにおいてもっとも強烈だったのは、何度でも書くが、空しい10年代を予見したかのようなハイプ・ウィリアムスのライヴで、先日Casanova.S氏がレヴューしていたグレート・エリアの奇妙な(そして魅力的な)シンセ・ポップがそうであるように、いや、それ以上におそろしく空虚な何かだった。たいしてこちらシーカーズは、汚染された夜にさえもまだ楽しみはあると告げている。この素晴らしいダブ・アルバムは今年の春、日本の〈Riddim Chango〉からリリースされた。また、シーカーズは先日、Mars89との共作も発表しているが、そちらはより重たくダークで、テクノ寄りの音響に変換されている。機械を使って、スクラップだけで構成された音楽、言うなれば幽霊たちのコラージュが、いま東京で聴かれることを待っているこの事態に、ぼくたちは注意を払う必要があるだろう。
野田努