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角銅真実

Experimental Pop

角銅真実

Contact

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小林拓音 May 11,2024 UP

 素敵な君はBaby、いかれた僕のBaby──。いにしえの、いかにもロック・ソングのごとき一節が繰り返されるフィッシュマンズの曲を、なぜ角銅真実はカヴァーしたのだろうか。振りかえれば前作『oar』がリリースされたとき、いくつかのインタヴューで彼女はひととひとがけしてわかりあえないこと、「この気持ち」は「わたし」にしかわからないことを繰り返していた。同作で歌われていたのは基本的には「あなた」と「わたし」の二者関係で、なるほど、「君」と「僕」だけで完結する “いかれたBaby” の世界はちょうどふさわしい題材だったのかもしれない。
 たったいま横にいる「男の人」ではなく、その場にはいない「あの人」に執心する浅川マキ “わたしの金曜日” のカヴァーもある程度はおなじ感覚を共有していたのだろう。けれどもそちらの「わたし」は「名前も知らない男の人」と「ならんで歩」いてもいた。「わたし」を理解してくれない「あの人」とはわかりあえないのだとしても、すぐ脇で鳴る音のアンサンブルが、われわれがだれかと「ともにある」存在であることを教えてくれるのだと、そういわんばかりに『oar』は多くの協力者を招いてもいた。
 そっちの部分を押し広げたのが新作『Contact』なのではないか。今回、「あなた」も「わたし」も格段に登場回数を減らしている。出てくるのはたぶん “Carta de Obon” くらいで、そんな二者だけの世界からはみ出るものをこそこのアルバムは表現しているのではないか。

 サウンド面でも角銅は次なる段階へと突入している。個性的なヴォーカルと、これまでフリー・ジャズや即興演奏が培ってきた実験との融合という彼女の音楽性は、Jポップの枠に収めるには冒険心にあふれすぎたものだけれど、かといって難解さとは無縁で、なにより上品だ。そうした特性はしっかり引き継ぎながら、他方でこの通算4枚目のアルバムは、アンデス山脈のフォルクローレを想起させる雰囲気を打ち出しているようにも聞こえる。数年前(政治的にはとんでもなく最悪な事態に陥っている)アルゼンチンに長期滞在していたことが影響しているのだろうか。わからない。
 冒頭 “i o e o” では弦楽器が独特の空気を漂わせている。アルゼンチン・フォルクローレとも呼応するような主旋律にミニマリズム。中盤に差しはさまれる電子音のような音も聴き逃せまい。バンド・メンバーの貢献も大きい。たとえば “外は小雨” の終盤でやんちゃに動きまわるドラムスなどは角銅ひとりだけでは実現できなかっただろう機微をもたらしている。本人も負けていない。“Flying Mountain” や “Kujira No Niwa” はマリンバ奏者としての彼女を再確認させてくれるインスト曲だ。
 出身地と向きあう曲が収められているのもポイントかもしれない。アルゼンチンでつくられたというお盆の曲 “Carta de Obon” にはおなじ長崎生まれのドラマー、光永渉のかけ声が挿入されている。かの地のお盆といえば「精霊(しょうろう)流し」が有名だけれど、日本語の響きの奇妙さを堪能させてくれる民謡 “長崎ぶらぶら節” も秋の名物祭事「くんち」と切り離せない。以前の角銅にとって長崎とは「早くここを出たい」場所だったそうだ。「わたしを攫って」と歌われる “人攫い” にはそんなかつての「念」がこめられているという。けれども不思議とネガティヴな印象は受けない。前作以降、さまざまな他人との出会いをとおして否定的な思いに変化が訪れた、と。

 故郷の伝統に向き合うことで見出されるのは、二者関係をはるかに超えた人間社会の営みだ。あるいは音としての日本語のおもしろさに注目することで浮かび上がってくるのは、これまでそのことばを口にしてきた無数の生身の人間たちだ。“i o e o” がほんのりアンデス山脈のフォルクローレ風のムードをまとっているゆえんもきっとそこにある。『Contact』は角銅真実という東京藝大出身の音楽家による、民衆の発見なのだ。
 もしかしたらアルゼンチン滞在中、彼女はなにかを目撃したのかもしれない。地球の裏側ではだいぶ前から想像を絶するレヴェルで人民が虐げられている。円安インフレを放置しつづける日本に暮らすわれわれとも無縁な話ではない──実験的な試みを手放さずフォルクローレ的なものや民謡にアクセスすることによって、「あなた」でも「わたし」でもない、歴史を背後で支えてきた民衆との「コンタクト」を試みるこのアルバムは、そんなふうに語りかけているようにも思えるのだ。

小林拓音

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