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キム・ゴードンの2枚目のソロ・アルバム『The Collective』、このアルバムを聞いてからというものその断片がずっと頭の中にひっかかり続けている。
もちろん先行曲 "BYE BYE" を聞いたときから予感はあった。暗く、頭のなかの狭いところからやってきたかのようなインダストリアルなビートと空間に点を記していくような言葉、もはやキム・ゴードンという名前の持つイメージや、元ソニック・ユースという枕詞、1953年生まれ70歳であるなんて情報はかえって邪魔ではないかと思ってしまうくらいこのアルバムの持つ不穏で暗いサウンドスケープには魅力がある。もしキム・ゴードンのことをまったく知らないでこの音楽を聞いていたとしたらどうだっただろう? あるいは違う名前でなんの前触れもなくスピーカーから流れだしてきたとしたら? キム・ゴードンが活躍してきた時代、それが80年代、90年代のラジオやTVからだったらきっと名前を言うその瞬間を逃すまいとドキドキしながら待ちかまえていたはずだし、インターネット以降だとしたら情報を求めてそれらしいキーワードを打ち込んで検索した。このジャケットに描かれている現代のスマホも時代ならおそらくぼんやりと方向性を考えながらShazamする。それが味気ないとか便利になったという話ではなく、いつの時代でも変わらず大事なのは目の前の音を気にかけこれはなんなんだと考える時間ときっかけを与えてくれるということだ。狭い場所からやってきたある種の音楽は広がりを持っている。イメージを想起させ、心を動かし、次々に様々なものを繋いでいく。これはなんなんだ? どこから来たものなのか? どこに向かっていくのか? そうやって考える時間は何ものにも代えがたい。
このアルバムのサウンドの方向性から、自分の頭にはザ・スウィート・リリース・オブ・デスやネイバーズ・バーニング・ネイバーズなどのバンドで活躍するオランダのアーティスト、アリシア・ブレトン・フェレールがコロナ禍ロックダウンの最中で作り上げたソロ作『Headache Sorbet』のことが浮かんだのだが、キム・ゴードンの本作はよりインダストリアルでもっと言葉の響きの要素が強く出ているのかもしれない。いずれにしてもノイズにまみれるアヴァンギャルドなギター・バンドで活躍していた人物がビートが主体の、自身の頭のなかの世界で鳴り響いているかのような音楽を指向しアプローチしたものがなんとも魅力的に思える。“The Believers” では暗くひび割れたインダストリアルなビートと金属的な打撃音が不穏な空気を生み出し、そこに不安を煽るようなトーンのギターが重なる。キム・ゴードンのスポークン・ワードとシュプレヒゲザングの間みたいなヴォーカルは何かを訴えかけるというよりは、少しだけ熱を帯び目の前の事実を述べているかのような雰囲気で、それが焼け跡から立ち上る煙のような空気を作り出している。悪夢の世界に迷い込んでしまったような “I'm A Man” のドローンのループのなかで聞こえる声もやはりそうで、暴力的とも言える不穏なバックトラックと比べるとどこか醒めていて距離があるように思える。そのコントラストがなにか異様に感じられ、誰かが書いた秘密のノートを見つけそれを盗み見ているような気分になるのだ。小さな部屋で背徳感を抱くような出来事が巻き起こる、どこか後ろめたさがあり落ち着かずゾクゾクと心を下から撫で上げるようなスリルがやってくる。地を這う弦のフレーズとノイズ、言葉と、エレクトロニクスで作られた衝動の静かな爆発、その断片を繋ぎ合わせたコラージュ・アートみたいな “It’s Dark Inside” は最たるもので、このアルバム、そしてキム・ゴードンがいま、いる地平を教えてくれる。
そこにいるのが当たり前のように余裕があって、あざとく見せつけるような様相はなく、ただ美学や価値観を提示する。40分と少しのこのアルバムは、ボリューム過多、情報過多に陥らずコンパクトで聞きやすくもあり『The Collective』というタイトルの通り、頭に残り続けるバラバラのトピックの断片が、どこかで繋がるような抽象的で奇妙な象を描き続けている。
誰かが価値観を提示しそれを聞いたものが受け取り考え、そうして時間が経って変化してまた新たな価値観が生まれていく。そんなオルタナティヴのサイクルのなかで、さらりと提示されるキム・ゴードンの当然、頭がそれに揺さぶられる。 刺激とイメージ、格好良さとはやはりこういう場所にあるのかもしれない。
Casanova.S