ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. 別冊ele-king 日本の大衆文化はなぜ「終末」を描くのか――漫画、アニメ、音楽に観る「世界の終わり」
  2. Klara Lewis - Thankful | クララ・ルイス
  3. interview with Matthew Halsall マンチェスターからジャズを盛り上げる | ──〈ゴンドワナ〉主宰のマシュー・ハルソール、来日インタヴュー
  4. Columns 10月のジャズ Jazz in October 2024
  5. TESTSET - @Zepp Shinjuku
  6. Moskitoo - Unspoken Poetry | モスキート
  7. claire rousay ──近年のアンビエントにおける注目株のひとり、クレア・ラウジーの新作は〈スリル・ジョッキー〉から
  8. interview with Neo Sora 映画『HAPPYEND』の空音央監督に(主に音楽の)話を訊く
  9. Shinichiro Watanabe ──音楽を手がけるのはカマシ・ワシントン、ボノボ、フローティング・ポインツ。渡辺信一郎監督による最新アニメ『LAZARUS ラザロ』が2025年に公開
  10. 完成度の低い人生あるいは映画を観るヒマ 第一回:イギリス人は悪ノリがお好き(日本人はもっと好き)
  11. Seefeel - Everything Squared | シーフィール
  12. Nídia & Valentina - Estradas | ニディア&ヴァレンティーナ
  13. fyyy - Hoves
  14. Fennesz ──フェネス、5年半ぶりのニュー・アルバムが登場
  15. Shabaka ──一夜限り、シャバカの単独来日公演が決定
  16. DUB入門――ルーツからニューウェイヴ、テクノ、ベース・ミュージックへ
  17. Columns 「ハウスは、ディスコの復讐なんだよ」 ──フランキー・ナックルズの功績、そしてハウス・ミュージックは文化をいかに変えたか  | R.I.P. Frankie Knuckles
  18. interview with Fontaines D.C. (Conor Deegan III) 来日したフォンテインズD.C.のベーシストに話を聞く
  19. John Carroll Kirby ──ジョン・キャロル・カービー、バンド・セットでの単独来日公演が決定
  20. Neighbours Burning Neighbours - Burning Neighbours | ネイバーズ・バーニング・ネイバーズ

Home >  Reviews >  Album Reviews > Soichi Terada- Asakusa Light

Soichi Terada

Deep House

Soichi Terada

Asakusa Light

Rush Hour / MUSIC 4 YOUR LEGS

渡部政浩 Feb 10,2022 UP

 寺田創一。90年代の日本における偉大なハウサー、または相撲のジャングリスト、あるいはヴィデオ・ゲームのコンポーザー……。いや、僕にとっては寺田創一というより、むしろソウイチ・テラダと言ったほうがしっくりくる。「『サルゲッチュ』のひとで、ハウスもやってるよ」なんて不思議な文句に焚きつけられ、はじめて手に取った『Sound from the Far East』のことを思い出す。あるいは、ディスク・ユニオンで偶然見つけた『The Far East Transcript』はいまでも僕のお気に入りの一枚だ。前者はアムスの〈Rush Hour〉、後者はロンドンの〈Hhatri〉、すべて海外から再発されたものだ。また他方では、パリは〈My Love Is Underground〉からのリリースでも知られるブラウザー。『ele-king』にもたびたび登場するDJのアリックスクン。彼らジャパニーズ・ハウスへの愛とリスペクトをむんむんと匂わせる愛すべきオタクなフランス人らによっても、これら90年代における日本のレガシーに光を当てるきっかけが作られていたのであった。オランダ、イギリス、フランス……。ソウイチ・テラダと遭遇したとき、僕はそれが外からきた音楽だとばかり思っていた。

 このたび18ヶ月にも及ぶ期間を経て完成させたアルバムは、いままでのような過去のアーカイヴないし再発ではない。先述した『Sound from the Far East』は〈Rush Hour〉のハニー(Hunee)によって編まれた、ジャパニーズ・ハウスの再燃を示す決定的なコンピレーションだったが、今作もある意味では決定的な一枚と言える。なぜならジャパニーズ・ハウスのヴェテランによる25年ぶりのフルレングス作品。そして、アルバムの11曲すべてが完全に新しいマテリアルをもって作られている。例によってオランダの〈Rush Hour〉から。ソウイチ・テラダによるファースト・アルバム、『Asakusa Light』がやってきた。

 オープナーの “Silent Chord” におけるフィルターのかけられたシンセ、ハイハットやベースでじりじりと展開を付けていくさま、そしてキック……は登場しない。ああ、ソウイチ・テラダはやはりハウスのマエストロだ。ハウスの最も単純かつ重要な四つ打ちという要素をあえて消す。しかしその “静寂な和音” とは対照的に、僕の鼓動は緊張感とともにじょじょに高まる。否応無しに次の展開を期待させられる。早くキックをくれ! とでも言わんばかりに。でもそのあとは安心。低音の効いたキックがしっかりと作品の足場を固めている。やがてベースも絡みついてくる。背後を覆うディープなシンセのパッド。あるいはチープでかわいらしいメロディ。たまに日本めいた何某かの具体音も聴こえてくる。そして何よりも、90年代ハウスのあの特徴的なピアノのコード弾きがいたるところにある。いやはや、2022年においてあの鍵盤を聴けるだけでもう満足だ。

 アルバムは概してベーシックなハウスの要素で敷き詰められており、それらはテラダによる完璧な操作と配置によって見事なハウス・トラックへと昇華されている。ここまでストレートで純度の高いハウス・アルバムを1時間にも及ぶ長さで完成させたのは、さすがというほかない。

 ソウイチ・テラダはアルバムを作るにあたって、30年まえのフィーリングを思い出すことからはじめたという。古いMIDIデータを掘り起こし過去の経験を思い出しながらコンポージングしたこと。それらのプロセスは〈Rush Hour〉の助けも借りつつ進められたという。また、最終的にロジックに統合したものの、機材面でもソフトウェア・プラグインではなく、当時のローランドやヤマハの実機を使用しているという。つまり過去に立ち戻り、見つめることなくしてこのアルバムは完成し得なかった。そして、その過程において自分のなかに見出した「心の光」を、彼は『Asakusa Light(浅草の光)』と呼んだのだった。

 「心の光」とは果たして何だろうか? CDの解説でも触れられているが、それは内なる感覚の話であってやはり抽象的な回答に留まっている。真意は本人のみぞ知るところであろう。しかしひとつ確かなのは、『Asakusa Light』には間違いなく彼の「光」が息づいているということだ。それは当時の──芝浦GOLDでハウスに出会い、ニューヨークにまで飛び込んだ彼が持っていた「光」だ。それは情熱、興奮や喜びという言葉に言い換えられるのかもしれない。あるいは彼のシグネチャーともいえるあの素敵な満面の笑み、そこに醸し出される楽しげな雰囲気。もしくはそれは僕たちがクラブに行った夜に感じる刹那の幸せと似ているかもしれない。後ろを振り返り過去を見つめることをもって作られたこのハウスには、僕を前へと向かわせるポジティヴな感情で満ち溢れている。

渡部政浩