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King Krule

Indie RockJazz-FolkPost-Punk

King Krule

You Heat Me Up, You Cool Me Down

XL Recordings / ビート

Casanova.S   Jan 13,2022 UP

 歓声が聞こえる。それはいまとなっては少し現実感のない、どこか架空の世界の音のようにも聞こえる。

 年が明けて2022年、僕は時間に線が引かれて境目ができた後の世界から以前の世界を眺めている。2020年の半ばから配信ライヴを見る機会が増えて(チケットアプリ DICE を入れて初めて買ったものが会場に行くことのない配信ライヴのチケットだったというのはなんとも奇妙な話だ)歓声のないクリアな音を聞いていた。日本にいながらも三つの会場、ウィンドミル、ジョージ・タバーン、ギャラリーでおこなわれたインディペンデント・ヴェニュー・ウィーク2021を見ることができたのはある意味ではラッキーなことだったのかもしれない。元々はフェイマスとジャースキン・フェンドリクス(つまりブラック・カントリー・ニュー・ロードの“Track X”に登場する二組だ)が同じ日に見られると思いチケットを買ったのだけれど、いちばん印象に残ったのは彼らが出ていない二日目に出演していたドッグという名前のなんだかわからない形のギターを弾いていたなんだかわからないバンドだった。ここまで発表している音源はなし。当然こんな名前で見つかる情報もほとんどなし。その後なんとかインスタグラムのアカウントを見つけて記憶の中での再生を続けながらいまはその最初のリリースを楽しみに待っている。少々奇妙な形のこうした出会いができたのはストリーミング配信でイベントがおこなわれたからに他ならないだろう。望んでのことではなかったのかもしれないが、今日では配信ライヴの文化というものが形成されつつある。それはリアルのライヴの代替なのかもしれないけれど、リアルのライヴにはない側面もあって、それが適応を迫られた世界のメニューに載っている。2020年の上半期にあったような「しょうがない」という気持ちは「このようなやり方」という風に変わりいまではすっかり「そういうもの」として受け入れられているのだ。

 あぁしかし歓声が聞こえる。キング・クルールのライヴ・アルバム『You Heat Me Up, You Cool Me Down』を再生して最初に耳に入るのは歓声だ。キング・クルールことアーチー・マーシャルをステージに迎え入れる声。その声はその場の空気を具現化したもので、そこにいない僕らの感情を引っ張っていく。チューニングを合わせるみたいにしてパンデミック以前の会場の様子に思いを巡らしているうちにギターの音が聞こえてきて、アーチー・マーシャルがそこにいるということが示唆される。そうしてまた歓声。ズー・キッドを名乗っていた時代の古い曲 “Out Getting Ribs” からライヴがスタートし手拍子が起こる。16歳の少年アーチー・マーシャルが作った曲を25歳の父親になったアーチー・マーシャルが唄う。10年前には聞かれなかったサックスの音が響いて、それでなんだか時間の流れが見えたような気分になる。
 キング・クルール以降という言葉をしばしば見かけるようにキング・クルールの音楽がいまのロンドンのバンドに与えた影響は少なくない。ヒップホップに影響されたようなビートにジャジーなギター、ポスト・パンクの要素にダブ、言葉と感情を伝える独特なヴォーカル・スタイル、様々な要素が混じりあって作られるその空気にはサウス・ロンドンの音楽のほとんど全てがあって、その後に続くシーンのひな形になったといえるのかもしれない(もう少し付け加えるならキング・クルールもまた近年注目を集めるブリット・スクール出身だ。現在のような流れの、塊ではなく単体の兆しとして、それはキング・クルールの音楽の中にあったのかもしれない)。
 2013年の『6 Feet Beneath The Moon』、2017年の『The Ooz』、2020年の『Man Alive!』、三つのオリジナル・アルバムの中からまんべんなく曲が選ばれて、その全てが『Man Alive!』をリリースした直後の空気の中で調和する。このライヴ盤はヨーロッパの都市がロックダウンされる数週間前におこなわれたツアーの最初の数公演の中からセレクトされたもので、どこかの一夜がそのまま収められたものではないのだが、しかし上記の歓声を含め現実に起こった出来事を繋ぎ合わせ、意図してその後におこなわれるはずだったツアーの起きることのなかった架空の一夜を作り出しているように思えてならない。サックスが鳴り響く “Out Getting Ribs” の余韻から “Emergency Blimp” になだれ込む、その瞬間に僕はスリルを感じる。タイトなドラムは気持ちをせかしギターの音が不安を煽る。ここでのアーチー・マーシャルのヴォーカルはオリジナル・ヴァージョンとはまったく違うつばを吐きかけるような強烈な勢いと対処しきれない不安を吐き出すみたいな様相を呈していて、それがさらに不安を煽って加速させる。3rdアルバム『Man Alive!』に収録されている “Stoned Again” もやはりオリジナルとはまったく異なっているような印象で、より生々しくなった演奏と矢継ぎ早に荒々しく言葉を紡ぐアーチー・マーシャルのヴォーカルがジャジーなヒップホップを思わせ、荒れ狂うギターとサックスの音が感情の形を作っていく。

 キング・クルールの音楽はなんとも居心地が悪いものだ。都会的で暗く孤独で不安を煽るようなもので、スタイリッシュでモダンな音の裏に隠れた繊細な感情が作り込まれたオリジナル・アルバムからほころびてステージの上で漏れ出ている。ある種の見栄のような美意識と映画のサウンドトラックのような物語性を帯びた美しさ、その裏で牙が研がれ不安といら立ちが解放される、ステージ上で繰り広げられる崩しが入ったようなキング・クルールのそれがなんとも格好良く思わず憧れみたいな気持ちを抱いてしまう。居心地が悪くなるのは、それが共感し誰かとシェアするような感情ではなく個人の心の中にある孤独を投影したものだからなのかもしれない。孤独とは誰もいないということではなく、人びとの気配の中にあるものなのだ。

 そうしてこの架空の一夜は1stアルバムの最初の曲 “Easy Easy” で締められる。お約束のジョークのようなやりとり。最後の曲だとアーチー・マーシャルが静かに告げて歓声が起こりポーズだけの申し訳程度のブーイングがおこなわれる。この曲のキング・クルールはまるで10代の少年のように攻撃的でシンプルなギターの音を響かせ声を荒げている。それは在りし日の思い出のようでもあり、それと同時に飾らないアーチー・マーシャルのいま現在の姿のようでもある。手拍子が聞こえ、それがかき消され、アーチー・マーシャルの声に続くように観客の歌声が聞こえはじめる。バンドのサウンドが陰鬱さを塗りつぶすかのように激しさを増す。それは不安からの解放のようでもあって、この瞬間のカタルシスは観客の前でのステージでなければ得られない。人びとの心からの自然な反応、そのまとまった感情が空気を作り、それが追体験する者の心をも揺らすのだ。そうしてまた歓声。キング・クルールの気配が消えたステージを包み込むようにして拍手と歓声が鳴り響いて、そしてまるでその日が夢だったみたいに、フェードアウトして消えていく。歓声にはじまって歓声に終わる、ありえたかもしれない架空の一夜を描いたこのアルバムは、もしかしたら現実にあった夜よりもライヴというものを表現しているのかもしれない。キング・クルールのこのライヴ盤は、音楽というものがリリースされてそれでおしまいになるようなものではないと教えてくれるのだ。

Casanova.S