Home > Reviews > Album Reviews > Brother Nebula- The Physical World
昨年末リリースですがじわりじわりと聴いているうちに紹介したくなりまして。ということで現在はロンドン・ベースのレーベル〈Legwork〉からの、ブラザー・ネブラのアルバム『The Physical World』。サウンド的にはザ・ブラック・ドッグ・プロダクション~バリル名義あたりのテクノをさらに今様に、そしてDJトラック的に野太く進化させたそんなサウンドで、軽快なブレイクビーツとデトロイト・テクノ的な叙情的なシンセのラインが、思わずその手の音が好きな人にはたまらない音となっています。その手のサウンドのライヴァルと歩調を合わせつつ、リスニング・アルバムとしても、またDJトラックとしても十分に効果を発揮してくれそうな、そんなシンプルな力強さとグルーヴも兼ね備えたアルバムです。
これまでわりとミステリアスなアーティストで、〈Legwork〉からのその他のリリースでは、もうすこしエレクトロ寄り、音でいうとドレクシアの故ジェームズによるジ・アザー・ピープル・プレイス名義で展開したコズミックかつメランコリックなエレクトロ・トラックをシングル「A Brief History of Lasers」で展開していたり(アルバムの音楽性とは地続きながら別のアプローチなのでこちらもオススメしたい)。また同レーベルからは、〈Future Terror〉での来日などで日本では知られる、アメリカ西海岸、サンフランシスコのウェアハウス・テクノ・シーンの重鎮、DJソーラーと S.I.S. 名義で作品を出していたり(コチラはちょいとイタロが入ったエレクトロ・ディスコで、本作に通じるブレイクビーツ・ハウスなリミックスも披露)、と、わりと謎の存在でした。ところがどうやら最近しれっと Discogs にばらされた情報が本当であれば、その正体はレーベルを主宰するサウンド・エンジニアでもあるベテラン、Lance DeSardi の模様です。もともとはテキサス、ダラスの出身でこれまでにNYの〈Coco Machete〉や〈Chez Music〉といったハウス・レーベルで本名名義や Land Shark で作品をリリース(Land Shark 名義のアルバムは〈Coco Machete〉から、西海岸のハウスの牙城〈OM〉からもライセンス)。
またキャリアに関しても、2000年代前後にには西海岸のディープ、ハウス・レーベル、例えば〈Seasons〉の作品にクレジットされるなどアーティストとして、さらにはエンジニアとしても長いキャリアがあり、大物アーティストのリミックスなど含めて、さまざまな作品を手掛けていることがそのホームページでわかります。現在はアメリカからハックニーへ移住。
こうしたキャリアを考えればソーラーとのコラボや、レーベル〈Legwork〉で、ダラス出身で Convextion、E.R.P. 名義などでディープなコズミック・テクノ~エレクトロを奏でるジェラルド・ハンソンの作品をリリースしていることなどもうなづけるといったところでしょうか。
さてくだんの『The Physical World』は、冒頭で書いたようにそのサウンドのキモはやはりブレイクビーツを援用したリズム・ワークで、表題曲ではイントロでビッグビート?と言ってしまいそうなリズムを鳴らしつつ、グッと引き込まれるメランコリックなシンセのメロディを展開していくあたりで一気にアルバムのとりこに。やはりブレイクビーツ上でデトロイティッシュなテクノを展開した “A Question”、前述のようにブラック・ドッグのバリル名義の作品を豊富とさせる “A Snake In Paradise” “Living WIth It”、ブロークンビーツ的な “The Big If” やジョーイ・ベルトラムの初期を彷彿とさせるアルバムのなかではヘビーな “Clairvoyant” も良きアクセントになっています。
往年のテクノ・ファン──アズ・ワン、グローバル・コミュニケーション、ブラック・ドッグなどのサウンドが好きな方には現代のサウンドの入り口に、そしてこのアルバムをお好きな方はぜひとも前述のような過去の名作も聴いてみると、なんとも心をわしづかみにされるのではないでしょうか。そんな時代をつなぐ架け橋のようなアルバムでもあったりすると思います。
とはいえ、もちろんそのサウンドは単なるリヴァイヴァルではなく、現在のアップデートがなされた音であり、その音質や空間表現などに関しても、過去のものとはかなり別の領域でのサウンドのジョイがあります。これは1995年頃に、現在ELMと呼ばれているテクノ・ミュージックの、ある可能性郡がトリップホップ~ジャングル、ハード・ミニマル、エレクトロニカへと別れて霧散してしまわず、ダンス・ミュージックとしての強度、つまるところシンプルなグルーヴ感を失わずに、どこかで生き続けて進化したら……といったことを想像してしまうかのような作品でもあったりします。
河村祐介