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Mika Vainio

ExperimentalGlitch

Mika Vainio

Last Live

Cave12 / Editions Mego

Bandcamp

デンシノオト   Feb 18,2021 UP

 パンソニックはノイズ=音響を変えた。テクノや電子音楽とノイズを結びつけたのだ。ノイズとテクノの拡張でもあった。90年代末期はテクノイズ系、グリッチもしくは接触不良音楽などと呼ばれたが、それらの音響的な交錯の果てに現在の「エクスペリメンタル・ミュージック」があると私は考える。つまり10年代以降のエクスペリメンタル・ミュージックは、パンソニック、そしてアルヴァ・ノト、ピタ、ファマーズ・マニュアル、池田亮司などのグリッチ・電子音響派第一世代を継承しているのだ。
 たとえばノイズとエレクトロニック・ミュージックを交錯させて、10年代以降のエクスペリメンタル・ミュージックの立役者になったベルリンのレーベル〈PAN〉のような存在は、かつてパンソニックらグリッチ・電子音響派第一世代が切り開いた領域の延長線上にあると考えてみるとどうだろうか。
 じっさい、現行エクスペリメンタル・ミュージックの世界において「電子音響派第一世代」の影響は世代を超えて今なお健在に思える。だからこそパンソニックのひとりであるミカ・ヴァイニオが2017年に亡くなったとき、多くのアーティストやレーベルが深い哀しみと敬意と追悼の念を示したのだろう。そう今や「ミカ・ヴァイニオ」の名はエクスペリメンタル・ミュージックの世界において神話的ともいえる響きを放っている。じじつ彼の未発表音源は死後もなお多くリリースされた。

 2021年、故ミカ・ヴァイニオの「新作」アルバム『Last Live』がリリースされた。没後4年。今なお電子音響音楽の世界に多大な影響を与え続ける巨星の知られざる音源が聴ける。それだけでも僥倖といえる。
 同時にこの『Last Live』は没後にリリースされた『Lydspor One & Two』(2018)、『Psychopomp For Mika Tapio Vainio (M.T.V. 15.05.63 ~ 12.04.2017)』(2020)、Mika Vainio + Ryoji Ikeda + Alva Noto『 Live 2002』(2018)、Mika Vainio & Franck Vigroux『Ignis』(2018)、Joséphine Michel/Mika Vainio『The Heat Equation』(2019)、Charlemagne Palestine, Mika Vainio, Eric Thielemans『P V T』(2020)などいくつもの作品がリリースされているが、そのどれとも趣が違っている。まず共作でもないし、そしてアーカイヴ音源でもない。 このアルバムには2017年2月2日にスイスのジュネーブにある「Cave12」において披露されたミカ・ヴァイニオの最後のライヴ演奏が収録されているのだ。ミカは2017年4月12日に亡くなったので、まさに彼がこの世を去る直前の演奏の記録である。つまり亡くなる2カ月前のミカのサウンドを聴くことができるわけである。
 この事実をもって本作を彼の「遺作」ということは可能だろうか?元はライヴ演奏でもあるので、そう断言して良いのかは分からない面もある。はたしてミカが存命ならばこの演奏をリリースしたのだろうか。
 だがである。『Last Live』を虚心に聴いてみるとミカ・ヴァイニオが至った音響的な境地がはっきりと分かってくることも事実だ。まるで透明な電子音=ノイズが、それらを超えた新しい音響体に結晶していくようなノイズ・サウンドが展開されているのだ。この美しいノイズの奔流には本当にため息すら出てしまいそうなほどだ。
 死後にリリースされた音楽ののなかでも『Last Live』は群を抜いて素晴らしいサウンドを展開している。なぜか。ここには「2017年2月」における彼の現在進行形のサウンドが横溢しているからだ。逆にいえばこのアルバムが「ライヴ録音」である事実は、彼の音響=音楽=ノイズが、このような領域にまで至っていたことの証左になる。

 リリースは〈Edition Mego〉と〈Cave12〉だ。リリース・レーベルは2020年6月にミカとコラボレ-ターでもあったダンサーのシンディ・コラボレーションと本公演の音源を聴き、そのリリースの必要性を確信したという。残された音源を編集しアルバムに仕上げたのは、スティーブン・オマリーとカール・マイケル・ハウスヴォルフの二人の音響巨人だ。そして彼らが編集を行ったのはストックホルムの名門EMSスタジオ。しかもマスタリングを描けたのはベテランのデニス・ブラックハムなのである。まさに最良かつ最強の布陣で制作されたアルバムといえよう。私見では本作こそ〈Editions Mego〉からミカ・ヴァイニオへの「追悼」でないかと思ってしまった。そのリリースに足掛け4年の歳月が必要だったことに強く心を揺さぶられてしまう。いずれにせよ『Last Live』は、間違いなく特別なアルバムだ。

 アルバムは“Movement 1”から“Movement 4”まで全4トラックに分かれている。ノン・コンピュータでミニマムなモジュラー・シンセのシステムで演奏されたサウンドにはどこか崇高ともいえるノイズ・サウンドスケープが横溢していた。激しいノイズと細やかなミニマリズムが、どこか秘めやかな音響的持続の中で交錯し、まるで一筆書きの文字のように自然に、しかし大胆に変化を遂げているのだ。思わずパンソニックからソロまで含めて彼の最良の音響がここに結晶していると言いたくもなってくるほどである。
 まず“Movement 1”は無色透明な電子音がノイジーなサウンドへと変化していくさまが鳴らされる。繊細かつ大胆なサウンド・コントロールは「圧巻」のひとこと。続く“Movement 2”は細やかなリズムと持続音によるインダストリアルなサウンドで幕を開ける。それもすぐにノンビートのノイズへと変化し、やがて暴発するような強烈な電子音が炸裂する。
 アルバム後半の“Movement 3”と“Movement 4”では電子ノイズ・サウンドが断続的に接続し安易な反復を拒むようなノイズの奔流が生まれている。特に“Movement 4”の終わり近くに放たれる咆哮のようなノイズには、どこか徹底的な孤独さを感じもした。
 これら4トラックを聴くと強烈なノイズ、リズム/ビートと静謐な持続音が交錯する構成になっていたことに気が付くだろう。持続と接続の断片的なコンポジションは、まさにミカ・ヴァイニオのサウンドだ。同時にかつての彼のソロ作品と比べて非反復的な断片性が希薄になり(特に前半2曲にその傾向がある)、永遠に続くかのような持続性が増していた。そのせいかどこかミカのもうひとつの名義「Ø」と共通するような「静謐さの気配」をサウンドの隅々から感じ取れたのだ。本作で展開されるノイズ/サウンドは孤独と隣り合わせの音響のように鳴っているのである。Øの透明かつ静謐な音響と同じく、たったひとりでフィンランドの満天の星空を見上げるような感覚があるとでもいうべきか。

 2017年2月の段階でミカ・ヴァイニオの音響は、そのような境地へと至っていた。孤独の、孤高の、個のノイズ音響。その生成と炸裂と消失は、まるで星空のノイズのようである。私は『Last Live』とØ『Konstellaatio』をこれからもずっと聴き続けるだろう。不安定と永遠。持続と断片。永遠と有限。音響と瞬き。ここには電子音響音楽の過去と未来が内包されている。私にはそう思えてならないのだ。

デンシノオト