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Adrianne Lenker

Folk

Adrianne Lenker

songs and instrumentals

4AD / ビート

木津毅   Jan 08,2021 UP

 2020年はインディ・ロックにとって、フォークを中心とした内省の年だった──というのは紙ele-kingのvol.26に書いたことだが、しかし同時に、多くのひとにとって内省が難しくなった年だったのではないか、とも思う。自己隔離によって外出や直接ひとに会うのが限られるいっぽうで、それまで私的な領域になかったものが侵入してくることになったからだ。オンライン・ミーティング、ヴァーチャル・オフィス、移動時間が減ることによって新たにその隙間を埋めるタスク。仕事だけではない。自宅にあって体験できる「手軽な」刺激が、広告とともに続々と流れてくる。「“おうち時間” に何をしている?」という無邪気な問いには、しかし、「自宅での時間を有効に使わなければならない」というメッセージが暗に含まれているのではないか。「何もしない」とか「ただ考えごとをする」とかいった静的な時間が、意識していないと簡単にプライヴェートから奪われてしまう。

 昨年リリースした2枚のアルバムが世界的に絶賛されたビッグ・シーフのシンガー、エイドリアン・レンカーがパンデミック下に放った本ソロ連作の静けさ、その控えめなフォークには、「隔離」の時間そのものの豊かさが息づいている。昨年5月には来日も予定されていたビッグ・シーフだが、当然のことながらツアーはすべてキャンセル。レンカーは森のなかのキャビンにたどり着き、そこで休養していたところ、次第に音楽が自分の内側から生まれてきたのだという。
 短いフォーク・ソングを集めた『songs』、長尺のインストを2曲収めた『instrumentals』に分けられた2枚のレコードは、それぞれ「天」と「地」を表していたというビッグ・シーフの『U.F.O.F.』と『Two Hands』を想起させるが、しかし『songs』と『instrumentals』は聴けば聴くほど、レンカーが歌っている/いないこと以外にその境目はあまりないのではないかと感じられる。実際にキャビンで録音されたという2作はアコースティック・ギターの小さな音が中心となっており、その演奏のタッチの細やかさこそが聴きどころになっているからだ。『instrumentals』の “mostly chimes” のみタイトル通りウィンドチャイムが中心のナンバーだが、それにしたって響きの繊細さに耳を奪われる。
 柔らかいアルペジオとともにレンカーは囁くように歌う。その歌に森の環境音が重なっていく。彼女自身の小さな心の動きが描き出される……。ジョニ・ミッチェルやニール・ヤングに強く影響を受けたというレンカーのソングライティングは基本的にクラシックだが、過剰なドラマ性を廃することでなだらかに移りゆく時間を表現するのに長けている。簡素なコード進行と繰り返されるメロディのミニマルな構成で聴き手を陶酔させる “anything”、もの悲しい調べが揺れる歌声でそっと吐き出される “my angel”。弦がほとんど最小限の音量なのではないかと思わされる “zombie girl” では鳥の鳴き声が聞こえてくるが、目を閉じればまるでギターのネックで小鳥たちが遊んでいる光景が浮かんでくるようだ。歌と環境と感情が溶け合うアコースティック・フォーク。世のなかから隔絶されているということが、孤独であるということが、こんなにも優しく温かく響く音楽はそうそうない。また、より即興的な『instrumentals』ではレンカーのアンビエントに対する感性がよく生きていて、とりわけ音が鳴っていない瞬間──その沈黙が感覚的な広がりを生み出している。
 横たわる馬を見つめながら、別離の痛みを噛みしめながら、子を持つことを想像しながら、レンカーは自身の抽象的な感情をスケッチする。それは内面の揺らぎを否定せずにただ受容するということに僕には思えて、だからこの音楽はとても大切なことを思い出させてくれる。外部から侵入されない領域を自分の手で守護することは現在とても難しく、そして忘れてはいけないことだ。

 ビッグ・シーフの『U.F.O.F.』と『Two Hands』は「バンド」というひとつの共同体の緊密さを聴き手に意識させるものだったが、誰よりレンカーがそのことに対して自覚的なのではないかと思う。彼女が過去のソロ作に収録した楽曲をバンドでは別ヴァージョンに発展させていることによく表れているが、個人から生まれるものが、他者とのケミストリー(社会)でどのように変化するのかレンカーは実践してきた。『songs』『instrumentals』でおこなわれた深い内省もまた、やがて共同体と社会に溶け出していくだろう。だからこそ逆照射的に、ひとりの時間の純度を上げることが必要なのだ。
 わたしたちは完全に世間や社会から逃れることはできない。けれどもいま、この異常な時期をどのように過ごすのかはおのおのの主体性に委ねられているのではないだろうか。だから、そう、パソコンやテレビやスマートフォンの電源は切ってしまおう。大きな音でなくていい。この弦と歌声に耳を澄ませば、自分だけの時間と感情が息を吹き返していく。

木津毅