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Tricky

DowntempoExperimentalTrip Hop

Tricky

Fall to Pieces

False Idols/ウルトラ・ヴァイブ

三田格   Sep 28,2020 UP

 現実から遊離してしまうでもなく、ことさらに現実を突きつけるでもない。自分と世界の距離感がちょうどいいと思いながら先行EPの「Hate This Pain」を聴き、通算14作目となる『Fall to Pieces(落ちて粉々に)』を聴いていた。いつもそうだけれど、3年前の『Ununiform(不均一な)』よりもさらに音数が減り、なけなしの躍動感もなくなっている。どうして僕はこんなに『Fall to Pieces』に惹かれるのだろう。これまでに経験したことがないような音楽でもないし、台風でもない(10号上陸前夜に書いています)。かつてバードがいた位置にはマルタがいて同じように歌っている。オープニングから静かに鳴らされるバスドラムとスネア一発のループ。隙間だらけのシンセ・ベースに遠くで薄く鳴るギター。2曲目もあまり変わらない。ヤング・マーブル・ジャイアンツにシンセ・ベースが加わっているだけというか。続いてタンゴ。途中で3拍子から4拍子に変わる。次もその次もよく音数がこんなに少なくて曲が成り立つなと思うほど。“Hate This Pain”はおどろおどろしいトリッキーのヴォーカルとピアノのリフにわずかな管楽器のインサート。「なんだよ、この遊びは なんだよ、このゲームは~」。苦しみから逃れようとする歌だけれど、重くのしかかる要素はない。DAFかと思えば“Pump Up The Volume”を思わせるワシントン・ゴーゴーと、簡素ななかにも音楽性の幅広さには確かなものがある。「聴けば聴くほどスルメ」というのはこういうことを言うのだろう。

 1993年のデビュー以来、トリッキーがこの世界を素晴らしいところ、百歩譲って居心地のいいところとして表現したことはほとんどなかった。一度は自壊したクラブ・カルチャーが1992年に立て直しを図り、再びアシッド・サマーを謳歌していた時期に暗い表情で現れたエイドリアン・サウスは「扱いにくい」とか「ズルい」を意味するトリッキーを名乗り、同じくブリストルのポーティスヘッドと共にトリップ・ホップというタームを確立する。デビュー・アルバムのタイトル『Maxinquaye(マクシンクェイ)』は自殺した母親の名前(マクシン・クェイ)で、独我論とソシオパスに満ちていると評された曲の多くは彼がマッシヴ・アタックの初期メンバーだった頃にボツをくらった曲だったという。曲のテーマから録音方法に至るまでどこをとってもネガティヴなエピソードしか出てこないトリッキーはそれから約10年後には音楽に対する情熱を失い、しばらく音楽活動を休止するも4年ほどして(アメリカに住んでいたからか)ドライでゴージャスな雰囲気の『Knowle West Boy』(08)で復帰。奇跡的にカリビアン・ムードが楽しい『Mixed Race(混血)』、淡々とした作風に戻った『False Idols(偽のアイドル)』、本名をタイトルにして珍しくゲスト多数の『Adrian Thaws』と順調にキャリアを再開させ、『Fall to Pieces』はヴォーカルのバードとの間にできた娘が鬱で苦しみ、自殺した後にリリースされた初のアルバムとなった。『Fall to Pieces』を聴くと『Maxinquaye』でさえ明るいトーンに聞こえてくることは否めない。『Maxinquaye』がリリースされた翌月に生まれた娘は昨年、24歳になったばかりだった。トリッキーがマッシヴ・アタックを離れてソロで立った年齢である。

 “Hate This Pain”で歌われていた苦痛とはこのことだったのだろうか。前作で久しぶりに歌っていたバードがこのアルバムでは歌っていない理由もおそらく同じで、「石になったみたいだ ドラッグじゃないのにストーンしてる~」と繰り返す“Like A Stone”からは、彼がショックで何もできなかった様子がみっちり伝わってくる。“Like A Stone”からはまたトリッキーのサウンドにはおなじみとなっているウエスタン調がぶり返し、運命論のようなものに強く支配されている印象が拭えない。トリッキーの歌詞は一般的に「問いかける」タイプのものが多いとされるけれど、彼自身、自分の置かれた境遇が過酷すぎて、自然と誰かに解決策を求めるようなものになってしまうだけなのだろう。ラストの“Vietnam”はどこか『ツイン・ピークス』みたいで、絶望的なのにどことなく甘美。どんな歌詞なのかと思えば「オレは爆弾をつくっている 誰でもいいんだよ、ヴェトナム~」とやはりソシオパス(反社会性パーソナリティ障害)は健在だった。社会に対する脅迫状のような歌詞を書いてしまう男がそして、昨年末に出版した『Hell Is Round The Corner』は意外にも個人的な自伝であると同時に底辺の声を記録した社会の記録としても読めるものだという。徹底的に個人であることが、それ以上のものになる。これ以上、不幸なこともないのかもしれない。

三田格

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