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モーリス・ホワイトがパーキンソン病のために活動が困難になって以降(モーリスは2016年に他界している)、アース・ウィンド&ファイアー(EW&F)のリーダー役も担っていたフィリップ・ベイリーが、2002年の『ソウル・オン・ジャズ』以来17年ぶりとなるソロ・アルバム『ラヴ・ウィル・ファインド・ア・ウェイ』をリリースした。
EW&Fのメイン・ヴォーカリストで、あの印象的なファルセット・コーラスがトレードマークのフィリップ・ベイリーであるが、ソロ活動ではフィル・コリンズとデュエットした“イージー・ラヴァー”(1984年)の大ヒットを出し、近年ではブラック・コンテンポラリー界の大御所的なイメージがある。ただ、『ソウル・オン・ジャズ』はEW&Fのマイロン・マッキンリーのほか、ドン・アライアスやロニー・キューバーらジャズ界のベテランと組み、チック・コリア、ハービー・ハンコック、フレディ・ハバード、ジョー・ザヴィヌルらの曲を取り上げたアルバムで、ジャズ・ヴォーカリストとしてのフィリップの魅力を見出すことができるものだった。モーリス・ホワイトはもともとジャズ・ドラマーで、EW&Fの初期は多分にジャズやアフリカ音楽の要素も含んだバンドであったのだが、そうしたようにフィリップ・ベイリーの音楽の土台にジャズは昔から存在してきた。それが『ソウル・オン・ジャズ』に表れていたと言え、そうした彼だからこそ多くのジャズ・セッションにも起用されてきた。近年の代表的な参加セッションでは、チック・コリアとスティーヴ・ガッドによる『チャイニーズ・バタフライ』(2017年)が挙げられる。また、フィリップはポップなR&Bアルバムと同様にゴスペルに傾倒したアルバムも多々制作してきている。そもそもゴスペルもEW&Fの世界観の中にあるもので、それが発展して一種のアフロフューチャリズムとも言えるスペイシーなステージングに繋がっていった。フィリップのファルセット・ヴォイスも、ゴスペルやドゥーワップを経由したから生まれたものである。商業的な作品以外では、ここ数年来のフィリップの活動基盤はジャズとゴスペルにあったと言える。
この新作『ラヴ・ウィル・ファインド・ア・ウェイ』も、フィリップ・ベイリーなりに現在のジャズを飲み込んだものとなっている。そして、彼のソロ作云々以前に、2019年のジャズ界においても極めて重要なセッションが行われたアルバムとなっている。参加者は前述のチック・コリアとスティーヴ・ガッドのほか、ケニー・バロン、クリスチャン・マクブライド、マノーロ・バドレナなどベテランや大物プレイヤーが集まり、そこへロバート・グラスパー、ケイシー・ベンジャミン、デリック・ホッジ、カマシ・ワシントン、クリスチャン・スコット、ケンドリック・スコット、リオーネル・ルエケなど新世代ジャズ・ミュージシャンが大挙参戦し、ほかにビラルやウィル・アイアムなども参加している。これだけのメンツが集まると逆にまとめるのが大変そうに感じるのだが、アルバム全体のトーンやカラーはうまく統一されており、そこはフィリップのリーダーシップやカリスマ性のなせる技だろう。そのトーンとはジャズ、ゴスペル、ソウル、ファンクを抱合したブラック・ミュージックを再定義することであり、『ラヴ・ウィル・ファインド・ア・ウェイ』はそうした要素を感じさせる多くのカヴァー曲から成り立っている。タイトル曲の“ラヴ・ウィル・ファインド・ア・ウェイ”はファラオ・サンダースの作品で、1978年にはノーマン・コナーズをプロデューサーに迎えてフュージョン~ソウル寄りの同名アルバムもリリースしているが、今回のフィリップのカヴァーもこの方向性に近いものである。ケイシー・ベンジャミンのヴォーコーダーを交えたフュージョン~スムース・ジャズ的な世界と、フィリップの美しいヴォーカルが織りなすメロウネスは極上だ。
“ビリー・ジャック”はカーティス・メイフィールドのカヴァーで、公民権運動と結びついた1970年代のニュー・ソウルを、現在のブラック・ライヴズ・マターに置き換えたようなナンバー。パーカッシヴなアフロビートを軸にしたアレンジで、ディアンジェロの『ブラック・メサイア』の世界観などにも繋がる曲となっている。同時に初期EW&Fも彷彿とさせる雰囲気があり、フィリップ自身も今回のレコーディングにはEW&F時代を思い起こさせるものがあったと述べている。カーティスがインプレッションズ時代に書いた名曲“ウィ・アー・ウィナー”もやっていて、こちらはビラルとのデュエット。カーティスからフィリップ、そしてビラルへと受け継がれるファルセット・ヴォーカルが、アメリカで伝承されるソウルそのものの姿を映し出している。カーティスと並ぶニュー・ソウルのレジェンド、マーヴィン・ゲイの“ジャスト・トゥ・キープ・ユー・サティスファイド”のカヴァーでは、バラディアーとしてのフィリップの魅力を再確認できるだろう。一方、公民権運動と結びついたアビー・リンカーンの歌で知られる“ロング・アズ・ユア・リヴィング”のカヴァーは、原曲のブルース・マナーを基調としたジャズ・ファンクとなっており、アルバムの中でもっともジャズ・シンガー性を感じさせるものだ。“ビリー・ジャック”でのアフロビートの導入と共に、アフリカ音楽という点ではトーキング・ヘッズがアフロビートを取り入れ、後世にも多大な影響を与えた革命的な1曲“ワンス・イン・ア・ライフタイム”もやっている。原曲とは大きく異なる雄大でスケール感のあるジャズ・アレンジで、EW&Fの作品でもお馴染みだったカリンバ(アフリカ特有の親指ピアノ)の音色をロバート・グラスパーが奏でている。
“ユー・アー・エヴリシング”は、『チャイニーズ・バタフライ』での“リターン・トゥ・フォーエヴァー”に参加したフィリップから、チック・コリアへの返礼とも言えるカヴァー。リターン・トゥ・フォーエヴァーの原曲はアイアートやフローラ・プリムらが参加したブラジリアン・フュージョンだったが、ここではウェスト・コースト・ロックやAORマナーによるカヴァーとなっている。カヴァー曲以外でも聴きどころは多く、“セイクレッド・サウンズ”はほぼセミ・インスト曲で、グラスパー、デリック・ホッジ、ケンドリック・スコットのトリオを軸としたスリリングなジャズ演奏を楽しめる。ここで表われるフィリップのブラジリアン・スタイルのスキャット・コーラスは、EW&F 時代からよくおこなっているものだ。“ステアウェイ・トゥ・ザ・スターズ”でも“ワンス・イン・ア・ライフタイム”同様にカリンバが用いられ、アフリカン・リズムを咀嚼した楽曲となっている。ジャズ、ソウル、ゴスペル、ファンク、アフリカ音楽、ブラジル音楽など、EW&F時代からフィリップのベースとなった音楽を(EW&Fの音楽とはそれらのミクスチャーだったと言える)、グラスパーら現代ジャズの面々を介して改めて提示したのが『ラヴ・ウィル・ファインド・ア・ウェイ』である。
小川充