ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Cybotron ──再始動したサイボトロンによる新たなEPが登場
  2. interview with Still House Plants 驚異的なサウンドで魅了する | スティル・ハウス・プランツ、インタヴュー
  3. Senyawa - Vajranala
  4. CAN ——ライヴ・シリーズの第6弾は、ファン待望の1977年のみずみずしい記録
  5. Interview with Beatink. 設立30周年を迎えたビートインクに話を聞く
  6. Adrian Sherwood presents Dub Sessions 2024 いつまでも見れると思うな、御大ホレス・アンディと偉大なるクリエイション・レベル、エイドリアン・シャーウッドが集結するダブの最強ナイト
  7. Columns Nala Sinephro ナラ・シネフロの奏でるジャズはアンビエントとしての魅力も放っている
  8. R.I.P. Tadashi Yabe 追悼:矢部直
  9. Jonnine - Southside Girl | ジョナイン
  10. 『アンビエントへ、レアグルーヴからの回答』
  11. Beak> - >>>>
  12. DUB入門――ルーツからニューウェイヴ、テクノ、ベース・ミュージックへ
  13. Takuma Watanabe ──映画『ナミビアの砂漠』のサウンドトラックがリリース、音楽を手がけたのは渡邊琢磨
  14. Columns ♯8:松岡正剛さん
  15. interview with Toru Hashimoto 30周年を迎えたFree Soulシリーズの「ベスト・オブ・ベスト」 | 橋本徹、インタヴュー
  16. interview with Adrian Sherwood UKダブの巨匠にダブについて教えてもらう | エイドリアン・シャーウッド、インタヴュー
  17. interview with Creation Rebel(Crucial Tony) UKダブ、とっておきの切り札、来日直前インタヴュー | クリエイション・レベル(クルーシャル・トニー)
  18. Various - Music For Tourists ~ A passport for alternative Japan
  19. MariMari ——佐藤伸治がプロデュースした女性シンガーの作品がストリーミング配信
  20. Columns 8月のジャズ Jazz in August 2024

Home >  Reviews >  Album Reviews > Felicia Atkinson/Jefre Cantu-Ledesma- Limpid As The Solitudes

Felicia Atkinson/Jefre Cantu-Ledesma

Ambient

Felicia Atkinson/Jefre Cantu-Ledesma

Limpid As The Solitudes

Shelter Press

Amazon

デンシノオト   Dec 11,2018 UP

 本作は、フランスにおいてエクスペリメンタル・ミュージック・レーベル〈シェルター・プレス〉を主宰し、自身も気鋭の電子音楽家であり、2017年にリリースしたソロ・アルバム『Hand In Hand』も話題を呼んだフェリシア・アトキンソンと、イギリスの老舗音響レーベル〈タイプ・レコード〉よりリリースされた『Love Is A Stream』(2010)、ニューヨーク・ブルックリンのインディー・レーベル〈メキシカン・サマー〉から送り出された『A Year With 13 Moons』(2014)などをはじめ、多くのシューゲイズ/アンビエントな作品を多く発表してきたサンフラシスコを活動拠点とするジェフリー・キャントゥ=レデスマのコラボレーション作品である。

 このアルバムは、極めて現代的なアンビエント音楽だ。ノイズと音楽が互いに矛盾することなく(もしくは矛盾のまま)、同居している。私はこの『Limpid As The Solitudes』を一聴し、その密やかさと解放感が同居する音響構築に惹き込まれた。空間的で映画的。音楽的で音響的。構造的で快楽的。アトモスフィアなアンビエント・サウンドのアップデート。

 とはいえ2人のコラボレーションは本作が初ではない。2016年に〈シェルター・プレス〉からリリースされた『Comme Un Seul Narcisse』についで2作目である。むろん前作『Comme Un Seul Narcisse』も素晴らしい音響空間を生みだしていたが、本作のシネマティック・サウンドは前作を超えたアンビエンスを展開していた。ひとことでいえば「映画的」なのである。
 音による光景と光景の接続、シネマティック・アンビエント……?その意味では旧来の意味での「アンビエント・ミュージック」とはいえないかもしれない。じじつ本作には「音楽的」な要素が音響的要素と融解するように導入されているのだ。音のむこうに「音楽」が立ち現れ、そして溶け合って消えていく。そして微かな痕跡が残る。音楽的要素が豊穣でありながら、それでいて騒がしくない。この感覚こそ(本作に限らず)2010年代的な「新世代」のアンビエント・ミュージックの特徴ではないかと私は考える。00年代以降、アンビエント・ミュージックはブライアン・イーノが提唱した古典的な概念からさらに変化を遂げた。つまり環境を満たす意識されない音楽として存在するだけではなく、この騒がしい世界の中での静謐さを摂取するための音響による音楽作品としての自律性を高めてきたのだ(そこにおいてはドローン音楽のアンビエント化も大きい)。音響の音楽化ではなく、音楽の音響化が実践されているというべきだろうか。
 アルバムには全4曲収録されている。フェリシア・アトキンソンのヴォイスがボーカルのように音響空間を舞うような曲もあれば、不意にベースのような低音が断片的に鳴る曲もある。そのうえ記憶の残響のようなピアノが素朴な旋律を奏でる曲もある。ドローンは楽曲のそこかしこで生成し、ノイズの粒子が音を立てサウンドのアトモスフィアを形成するだろう。世界の光景を描写するかのようにシネマティックな環境音がエディットされてゆき、まるで映画のような1シーンのように音楽と音響が編集される。音と音楽を交錯・融解させることで、映画的・映像的ともいえる持続と音響空間を織り上げているのだ。そこに不思議な鎮静感覚が生れているわけである。
 とくに17分に及ぶ4曲め“All Night I Carpenter”は圧倒的だ。音、ノイズ、音楽、声の欠片によって、音と音楽が時間の中に溶け合うようなサウンドスケープを生成しているのだ。不意にアピチャッポン・ウィーラセタクンの映画や坂本龍一『async』を思い出しもした。ちなみにマスタリングはお馴染のダブプレート&マスタリング(ヘルムート・エルラー)が担当している。
 すでに名の知れた電子音楽家2人のコラボレーション作品だが、フェリシア・アトキンソン『A Readymade Ceremony』(2015)や『Hand In Hand』(2017)や、ジェフリー・キャントゥ=レデスマ『On The Echoing Green』(2015)などとも異なる「新しいアンビエント音楽」を聴きとることができた。何より、音楽が、音が、これほどまでに心身に染みる音響作品も稀ではないか。「孤独のように卑劣な」という意味を持つアルバムだが、その密やかな気配によって鎮静を与えてくれる緻密なモダン・アンビエント音楽である。

 それにしてもCV&JAB『Thoughts of a Dot as it Travels a Surface』、マイヤーズ『Struggle Artist』、トーマス・アンカーシュミット『Homage to Dick Raaijmakers』、イーライ・ケスラー『Stadium』など、今年の〈シェルター・プレス〉のリリース作品は重要作ばかりだ。そのうえスティーヴン・オマリーとピーター・レーバーグ(ピタ)によるKTL『The Pyre: versions distilled to stereo』のアルバムまでリリースされてしまった。個性的なラインナップとクオリティ。いま、もっとも勢いに乗っているエクスペリメンタル/電子音楽レーベルのひとつといえよう。

デンシノオト