Home > Reviews > Album Reviews > Tenderlonious feat. The 22archestra- The Shakedown
テンダーロニアスという風変わりな名前から、ジャズ好きな人ならセロニアス・モンクを想像するかもしれない。実際のところその連想は正解だ。エド・コーソーンのアーティスト・ネームであるテンダーロニアスは、音楽仲間のカマール・ウィリアムスが彼のことを「お前のヴァイブってセロニアス・モンクっぽいな、かなり荒削りだし」と評し、ニック・ネームだったテンダー・エドをもじり、そう呼んだのが始まりだそうだ。テンダーロニアスはミュージシャンであると同時に、〈22a〉というレーベルのオウナーでもあり、カマールのヘンリー・ウー名義でのEPもリリースしている。2013年末に発足した〈22a〉は、いまやロンドンのジャズの盛り上がりを象徴するレーベルだが、このレーベル名はテンダーロニアスが住む家番号からとられたものだ。もともとテンダーロニアスはロンドンの出身ではなく、父親が軍隊に所属していたため、少年時代は海外赴任先での生活が長かったのだが、進学のためにロンドンに移り、現在はUKジャズ・シーンのキー・パーソンのひとりである。
ひと口にロンドンのジャズと言っても、シャバカ・ハッチングスやジョー・アーモン・ジョーンズ、モーゼス・ボイドなどとはまた異なるサークルにテンダーロニアスは属し、カマール・ウィリアムス、ユナイテッド・ヴァイブレーションズなどのグループに分けられる。こちらのグループはカマール・ウィリアムスに代表されるように、よりクラブ・ミュージックとの接点が大きく、ミュージシャンであると同時にプロデューサー/トラックメイカーという人が多い。
テンダーロニアスもフルート/サックス奏者であると同時にプロデューサーでトラック制作も行う。そもそもハウスDJをやっていて、レイヴ・カルチャーからドラムンベース、グライムなどを通過してきた。そうしたなかでムーディーマンからJディラなどデトロイトのアーティストから、マッドリブなどの影響も述べている。
その後、ヒップホップなどのサンプリング・ソースを通じてジャズのレコードを集めるようになり、同時に街の楽器屋にあったソプラノ・サックスをレンタル。ジャズ・サックス奏者のパット・クラムリーのレッスンを受けてサックスをマスターし、強く影響を受けたサックス奏者にはコルトレーンやユセフ・ラティーフがいる。とくにマルチ・リード奏者のユセフ・ラティーフのフルート演奏に魅せられ、次第にサックスからフルートへとスイッチしていく。
こうしてミュージシャンとなったテンダーロニアスは、ポール・ホワイトの『シェイカー・ノーツ』(2014年)のセッションに参加するが、そこにはユナイテッド・ヴァイブレーションズのドラマーのユセフ・デイズもいて、そこから発展して自身のバンドとなるルビー・ラシュトンを2015年に結成。ユセフ・デイズほか、エイダン・シェパード、ニック・ウォルターズというのが結成時のラインナップで、その後ユセフがカマール・ウィリアムスとのユセフ・カマールの活動のために抜けて、ユナイティング・オブ・オポジッツやサンズ・オブ・ケメットにも客演するエディ・ヒック、モー・カラーズことジョセフ・ディーンマモード、ファーガス・アイルランドが参加している。
ルビー・ラシュトンというグループ名はテンダーロニアスの祖母の名前を由来とするのだが、ジャズやアフリカ音楽にヒップホップやビートダウンなどのセンスを融合したサウンドで、マッドリブがやっていたジャズ・プロジェクトに近い方向性を持っている。『トゥー・フォー・ジョイ』(2015年)などリリースした3枚のアルバムは全て〈22a〉からだが、〈22a〉のカタログにはモー・カラーズとその兄弟であるレジナルド・オマス・マモード4世とジーン・バッサ、そしてアル・ドブソン・ジュニア、デニス・アイラーといったDJ/トラックメイカーの作品があり、テンダーロニアスもミニ・アルバムの『オン・フルート』(2016年)、デニス・アイラーとの共作『8R1CK C17Y(ブリック・シティ)』(2017年)をリリースしている。直近ではジェイムズ“クレオール”トーマスの『オマス・セクステット』(2018年)というアルバムがリリースされたが、これは前述のディーンマモード3兄弟とその従妹であるジェイムズ・トーマスによる6人編成のバンドである。
このようにルビー・ラシュトンにしろ、オマス・セクステットにしろ、テンダーロニアスと彼の周辺の仲間がそのまま〈22a〉のラインナップと言えるのだが、そうした〈22a〉のオールスター・アルバムと言えるのが本作である。
テンダーロニアス・フィーチャリング・22aアーケストラという名義だが、このアーケストラはサン・ラー・アーケストラをもじったものだ。また、フルートを吹くテンダーロニアスのアルバム・ジャケットはユセフ・ラティーフの『アザー・サウンズ』(1959年)をイメージさせ、サン・ラーやユセフ・ラティーフからの影響がテンダーロニアスにも色濃く表われていることを物語る。
参加メンバーはテンダーロニアス(フルート、シンセ)以下、ユセフ・デイズ(ドラムス)、ファーガス・アイルランド(ベース)、ハミッシュ・バルフォア(キーボード)、レジナルド・オマス・マモード4世(パーカッション)、ジーン・バッサ(パーカッション)、コンラッド(パーカッション)。オーケストラではなくスモール・コンボだが、ルビー・ラシュトンとオマス・セクステットを合体させたような面々だ。『ザ・シェイクダウン』はこうしたメンバーがアビー・ロード・スタジオに集まり、生演奏による8時間のセッションの中で作り上げられた。基本的にはルビー・ラシュトンのセッションを拡大していったものと言えるだろう。
テンダーロニアスのフルートはユセフ・ラティーフのプレイに似て、土着的でミステリアスな匂いが強い。そうした演奏にアフロ・ジャズやスピリチュアル・ジャズ系のサウンドがマッチしており、タイトル曲の“ザ・シェイクダウン”がその代表と言える。ウォーの“フライング・マシーン”を彷彿とさせるディープなラテン・フュージョンの“エクスパンションズ”、エルメート・パスコアルのようなアフロ・ブラジリアンの“マリア”、モーダルなアフロ・キューバン・ジャズの“ユー・ディサイド”などもそうした系統の作品だ。“SVインタルード”と“SVディスコ”のSVとは、スラム・ヴィレッジのことを指しているそうだ。スラム・ヴィレッジやJディラのようなヒップホップ・ビートを咀嚼したジャズ・ファンクとなっており、カマール・ウィリアムスのサウンドとの近似性も見られる。パーカッシヴな“トーゴ”は民族色がひときわ強く、モー・カラーズからオマス・セクステットあたりの色合いが濃い。“ユセフズ・グルーヴ”ではユセフ・デイズの律動的で力強いドラムがフィーチャーされ、“レッド・スカイ・アット・ナイト”のビートからは人力ブロークンビーツ的なニュアンスも受け取れる。基本的に全て生演奏のジャズ・アルバムであるが、カマール・ウィリアムスの『ザ・リターン』同様にクラブ・サウンドから受けた影響やアイデアが持ち込まれており、やはりいまのUKジャズを象徴していると言える。
小川充