ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  2. interview with Shabaka シャバカ・ハッチングス、フルートと尺八に活路を開く
  3. Beyoncé - Cowboy Carter | ビヨンセ
  4. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  5. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  6. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  7. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第1回  | 「エレクトリック・ピュアランドと水谷孝」そして「ダムハウス」について
  8. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  9. claire rousay ──近年のアンビエントにおける注目株のひとり、クレア・ラウジーの新作は〈スリル・ジョッキー〉から
  10. Free Soul ──コンピ・シリーズ30周年を記念し30種類のTシャツが発売
  11. tofubeats ──ハウスに振り切ったEP「NOBODY」がリリース
  12. 壊れかけのテープレコーダーズ - 楽園から遠く離れて | HALF-BROKEN TAPERECORDS
  13. まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地 -
  14. Rafael Toral - Spectral Evolution | ラファエル・トラル
  15. 『成功したオタク』 -
  16. Bobby Gillespie on CAN ──ボビー・ギレスピー、CANについて語る
  17. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  18. Bingo Fury - Bats Feet For A Widow | ビンゴ・フューリー
  19. ソルトバーン -
  20. Claire Rousay - a softer focus  | クレア・ラウジー

Home >  Reviews >  Album Reviews > Sigur Rós- Route One

Sigur Rós

AbstractAmbient

Sigur Rós

Route One

XL Recordings

三田格   Jul 18,2018 UP

 忌野清志郎が『カバーズ』の発売中止に抗議してラジオでスタジオライヴをやる前の週だったと思うんだけど、“アイ・シャル・ビー・リリースト“が話題になり、それまでザ・バンドは聴いたことがなかった僕は次の収録日までに聞いておきますと返事して、そのままタワー・レコードだったかに買いに行った。家に帰って早速、アナログ盤に針を落として、“アイ・シャル・ビー・リリースト“を聴きながら、僕はあることを思っていた。スタジオライヴ当日、僕は「聞いてきましたよ」と清志郎さんに告げると、「想像と違っただろ」と返された。そう、僕は初めて“アイ・シャル・ビー・リリースト“を聴きながら「想像していたのと違う」と思っていたのだ。これには驚いた。どうしてわかったんだろう。そして、その日は赤坂のスタジオで“アイ・シャル・ビー・リリースト“や“軽薄なジャーナリスト“など『カバーズ』の発売中止が発表されてから新たにつくられた曲が次々と目の前で演奏されていった。中止が発表された週よりはスタジオの雰囲気も物々しくはなく、収録はとてもスムーズに行われた。いつもと同じく清志郎も座ったまま歌っていたので、感情も適度に抑えられ、安定した歌い方だったと思う。その頃は「体が怒って寝られない」と睡眠不足が続いていたみたいなんだけど、とくにパフォーマンスに支障があったわけではなく、むしろサポートの三宅伸治と呼吸がぴったり合っていたことで、その勢いをタイマーズに持ち越していくという流れが生まれた夜でもあった。そこからは怒涛の日々に突入してしまったので、清志郎さんに「想像と違っただろ」と言われたことは振り返る余裕もなく、どうしてそう思ったのかを訊くタイミングもなくなってしまった。

「想像していた」のは、もっとプロテスト調の強い歌い方だったのかもしれない。しかし、ザ・バンドのそれはとてもか細い歌い方で、とても「いつの日にか自由になれる」と思えるようなものではなかった。歌詞とは裏腹にダメかもしれない、自由にはなれないと思えてくるような歌い方で、だから、むしろ印象に残るとも言える。「想像と違った」のは清志郎も同じだったから僕にもそう言ったのではないかと思えるし、“僕の自転車の後ろに乗りなよ”や“うわの空”など、あきらかに初期のRCサクセションは“アイ・シャル・ビー・リリースト“に影響を受けた歌い方になっている。オーティス・レディングだけで清志郎の歌い方が出来上がっているわけではない。そして、“アイ・シャル・ビー・リリースト“から導かれている感情を、僕は「慈しみ」と呼んでみたい。我の強さが声にそのまま出ている清志郎にとっては、ある意味、裏技のようなものであり、それだけに説得力が違うとも。
 シガー・ロスを初めて聴いた時も僕はこの感じにおそわれていた。とくに“Starálfur“はオーケストレイションの妙味も手伝って「慈しみ」が曲の隅々にまで広がっていくように思えた。90年代後半はレイヴ・カルチャーに少し飽きて、再び「歌」を聴く季節になっていたこともあり、シガー・ロスが浮上してきたタイミングは絶妙としか言えなかった。あれがもうそろそろ20年前になるとは。歳をとったなーというよりも、だんだん時代との距離感がわからなかっていくなー。

 昨年、セルフ・リリースでリリースされていた『Route One』は全編がインストゥルメンタルで構成され、これを最近になって〈XL〉がライセンス。曲名はすべてアイスランドの地名を経緯度で表したものらしく、海岸沿いの道を東回りに辿っていたかと思うと4曲目だけ急にトんだりする。コンセプト的には『アウトバーン』のドローン・ヴァージョンといったようなもので、しかし、スピード感はあるとも言えるし、ないとも言える。アイスランドの穏やかな景色を思い浮かべながら聴くのが順当なんだろうけれど、僕にはほとんどの曲がシガー・ロスの「慈しみ」を抽象化して再提示しているように聞こえ、ぼんやりとした気分を楽しむことに終始してしまう。穏やかでいることに心を砕き、けして心躍るような状態には導かない。瞑想状態に招くという感じもなく、音が物理的なものに感じられるという意味ではコーネリアスを思い出したりもする(ぜんぜん違うけど)。“64º46'34.1''N 14º02'55.8’’W”など、これまでにリリースされた曲のインストゥルメンタル・ヴァージョンにしか聞こえない曲もあるし、それがまたとてもいい。「響き」が頭に残り、それが「慈しみ」に変化していくような気がするから。全部似たような曲なのに、見事にそれらは違っていて、重くもなければ軽くもない。改めて彼らは独特な存在だったんだんだなと。
 元々は2年前に24時間ドライヴをしながらストリーミング配信をする「スローテレビ」のためのサウンドトラックとしてつくられたそうで、その時のパノラマ映像はこちら→https://www.youtube.com/watch?list=PLze65Ckn-WXZpRzLeUPxqsEkFY6vt2hF7&v=ksoe4Un7bLo

三田格