ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Cybotron ──再始動したサイボトロンによる新たなEPが登場
  2. interview with Still House Plants 驚異的なサウンドで魅了する | スティル・ハウス・プランツ、インタヴュー
  3. Senyawa - Vajranala
  4. CAN ——ライヴ・シリーズの第6弾は、ファン待望の1977年のみずみずしい記録
  5. Interview with Beatink. 設立30周年を迎えたビートインクに話を聞く
  6. Adrian Sherwood presents Dub Sessions 2024 いつまでも見れると思うな、御大ホレス・アンディと偉大なるクリエイション・レベル、エイドリアン・シャーウッドが集結するダブの最強ナイト
  7. Columns Nala Sinephro ナラ・シネフロの奏でるジャズはアンビエントとしての魅力も放っている
  8. R.I.P. Tadashi Yabe 追悼:矢部直
  9. Jonnine - Southside Girl | ジョナイン
  10. 『アンビエントへ、レアグルーヴからの回答』
  11. Beak> - >>>>
  12. DUB入門――ルーツからニューウェイヴ、テクノ、ベース・ミュージックへ
  13. Takuma Watanabe ──映画『ナミビアの砂漠』のサウンドトラックがリリース、音楽を手がけたのは渡邊琢磨
  14. Columns ♯8:松岡正剛さん
  15. interview with Toru Hashimoto 30周年を迎えたFree Soulシリーズの「ベスト・オブ・ベスト」 | 橋本徹、インタヴュー
  16. interview with Adrian Sherwood UKダブの巨匠にダブについて教えてもらう | エイドリアン・シャーウッド、インタヴュー
  17. interview with Creation Rebel(Crucial Tony) UKダブ、とっておきの切り札、来日直前インタヴュー | クリエイション・レベル(クルーシャル・トニー)
  18. Various - Music For Tourists ~ A passport for alternative Japan
  19. MariMari ——佐藤伸治がプロデュースした女性シンガーの作品がストリーミング配信
  20. Columns 8月のジャズ Jazz in August 2024

Home >  Reviews >  Album Reviews > August Greene- August Greene

August Greene

August Greene

August Greene

August Greene LLC

Amazon

小川充   Apr 24,2018 UP

 今年の頭にロバート・グラスパーがふたつの新プロジェクトを開始しているというニュースが入ってきた。ひとつは「R+R=NOW」というもので、クリスチャン・スコット、デリック・ホッジ、ジャスティン・タイソン、テイラー・マクファーリンによるバンド。こちらは今年の『東京JAZZ』での来日も予定されている。
 そしてもうひとつはオーガスト・グリーンというもので、コモンとカリーム・リギンズとによるユニット。グラスパーはコモンと旧知の仲で、いままでもいろいろと共演しており、ロバート・グラスパー・エクスペリメントの『ブラック・レディオ2』(2013年)にもコモンは参加していた。カリーム・リギンズは1990年代よりコモンの数々の作品の共同プロデューサーを務め、またJ・ディラやエリカ・バドゥなどの作品に関わる一方でジャズ・ドラマーとしても活動するなど、グラスパー同様にジャズとヒップホップ/R&Bを繋ぐような存在である。
 この3者が集まったオーガスト・グリーンは、そもそも2016年10月3日(※オバマ政権時代)にホワイトハウスで行われたセッションが発端となる。当時「サウス・バイ・サウス・ローン」というアート・イベントが米大統領官邸で開催され、その一環で〈NPRミュージック〉によるライヴ配信シリーズの「タイニー・ディスク」の特別篇が図書室で行われ、そこにコモンが出演した。バックで演奏したのはグラスパー、リギンズほか、キーヨン・ハロルド、デリック・ホッジ、エレネ・ピンダーヒューズで、ビラルもゲスト出演していた。コモンが『ブラック・アメリカ・アゲイン』(2016年)をリリースする11月4日の1ヶ月ほど前のことで、このアルバムから数曲が披露された。『ブラック・アメリカ・アゲイン』にもグラスパーとリギンズはプロデューサーとして参加しており、リリースから4日後の11月8日は米大統領選の投票日だった。『ブラック・アメリカ・アゲイン』は「ブラック・ライヴズ・マター」に触発されたアルバムで、ドナルド・トランプへの対抗姿勢が示されたものだったが、結局コモンたちの願いとは裏腹にトランプ政権が誕生することになる。

 そうした観点から、『オーガスト・グリーン』は『ブラック・アメリカ・アゲイン』のその後を描いたアルバムとなる。「もし、俺が黒人のケネディだったら」と歌う“ブラック・ケネディ”に示されるように、黒人たちのアメリカの夢を再びというメッセージがここでも繰り返される。コモンによると、ケネディ一族はアメリカの富や権力、影響力の象徴であり、それを黒人の流儀でやったのが“ブラック・ケネディ”となる。
 そして、グラスパーはこの曲に黒人たちの不屈の強さを込めている。ブランディがゲスト参加した“オプティミスティック”は、ゴスペル・グループのサウンド・オブ・ブラックネスのカヴァー。原曲がリリースされた1991年はR&Bやハウス・シーンも巻き込んでのヒットとなったのだが、今回のカヴァーに際しては映像作家のB+を監督に迎え、キング牧師記念日にミシシッピ州のジャクソンでPVが撮影された。コモン、グラスパー、リギンズ、ブランディらに加え、ミシシッピの人権活動家らが登場する内容となっている。
 なお、“レッツ・ゴー”と“プラクティス”に参加しているサモラ・ピンダーヒューズはラッパー兼ピアニストで、前述のホワイトハウスのセッションに参加していたフルート奏者エレネ・ピンダーヒューズの兄にあたる。“レッツ・ゴー”や“フライ・アウェイ”はフォーキーで枯れた味わいが印象的で、“アヤ”はグラスパーらしいジャズ感覚が表われた曲。演奏にはギターやフルートなども加わっていて、クレジットはないがエレネ・ピンダーヒューズがフルートを吹いていたりするのではないだろうか。“ノー・アポロジーズ”はブロークンビーツ的なジャズ・ファンクで、コモンのラップはラスト・ポエッツ風。この曲に顕著だが、リギンズのズレてよじれたドラミング・ビートがアルバムの聴きどころのひとつでもある。

 本作はオーガスタス・グリーンの自主制作となり、いまのところCDなどの発売はなく、配信もアマゾン・ミュージックのみと限定的な形でのリリースとなっている。どのような理由でこうした形態となったのかはわからないが、政治的な問題なども絡んで大手のレコード会社などからはリリースできなかったのだろうか。ただ、リリースにあたって前述のPVや「タイニー・ディスク」でのライヴ披露などプロモーションが行われ、そうした話題性とともに作品そのものは非常に内容が濃い。2018年のブラック・ミュージックの重要作として記されるべき作品である。

小川充