ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Helen - Linda's Head | ヘレン
  2. interview with Adrian Sherwood and Nightmares On Wax UKダブ・“トーク”・セッション | ――エイドリアン・シャーウッド×ナイトメアズ・オン・ワックス特別対談
  3. 別冊ele-king パンク50周年記念号──それは何だったのか、何でありえるのか
  4. Black Marble - Life in Small Spaces | ブラック・マーブル
  5. Gaku Kiishi ──『サイコ』『オーメン』『シャイニング』『リング』から『8番出口』『バックルームズ』まで、ホラー映画の音楽を分析する1冊が刊行
  6. AMBIENT KYOTO ──2027年春、レイ・ハラカミの展示が決定
  7. 細野晴臣 - Yours Sincerely | Haruomi Hosono
  8. Horse Lords - Demand to Be Taken to Heaven Alive!  | ホース・ローズ
  9. アンビエント/ジャズ マイルス・デイヴィスとブライアン・イーノから始まる音の系譜
  10. 食品まつり a.k.a foodman - HIKARIGASASHIKOMU
  11. Columns ♯17:もしもパンクがなかったら ——その基礎知識と『パンク50周年記念号』刊行のお知らせ
  12. The Clash ——ザ・クラッシュ、結成50周年記念ベストがリリース
  13. Bicep ——バイセップが3つの新曲で、フリー・パーティ、レイヴ、サウンドシステム文化を主張する
  14. Klara Lewis - Opening | クララ・ルイス
  15. interview with Actress UKテクノ界の奇才が語るみずからの哲学 | ──アクトレス、インタヴュー
  16. RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI AMBIENT KYOTO - TOKYO -
  17. Robert Del Naja ──マッシヴ・アタックの3D、二度目の逮捕
  18. Malaria! ——80年代初頭の西ベルリンから、ポスト・パンク/アヴァンギャルド・シーンを象徴する最重要バンド、マラリア!再発
  19. Arca - XXXXX
  20. Helen - The Original Faces  | Grouper、グルーパー、ヘレン

Home >  Reviews >  Album Reviews > Binh- Ship Of Imagination

Binh

ElectroTechno

Binh

Ship Of Imagination

My Own Jupiter

Technique

小林拓音   Jan 25,2017 UP

 布団はいい。布団にくるまってさえいれば日々の不愉快なことや面倒くさい人間関係を何もかも忘れ去って、延々と「幸福」にひたっていることができる。とりわけ寒さの厳しいこの季節はそうで、せっかくの休日に外出するなどもってのほか。オフトゥン、最高。オフトゥン、大好き。
 ミニマル・テクノ/ハウスにも布団に似た効能がある。学生の頃、何もかもが嫌になってひたすらミニマルばかり流していた時期があった。ドラマティックな展開なんか要らない。ただきれいな、あるいはフェティッシュな音塊のループがありさえすればそれでいい。大仰な意味や背景なんて必要ない。ただその音のテクスチュアに埋没できればそれでいい。ミニマルというのは快楽として消費するにはうってつけのスタイルで、それはフロアでもベッドルームでも現実からの逃避を加速させる。ヴェイパーウェイヴがそうであったように、ミニマルもまたあてもなく逃避行を続ける負け犬たちの一時的な宿泊先としての役割を果たしていたのではないだろうか。
 だが逃亡先としてのミニマルは、それがフェティッシュな音塊の反復にこそ特化した音楽であるがゆえに、いつかは頭打ちになる。人は変わらぬことを求めると同時に、変わることを欲する生き物でもあるからだ。毎日毎日ミニマルばかり流していると、俺はいったい何をしているんだろうと疑念が生じはじめる。その疑念は次第に膨張し、オフトゥンの外にある世界のことを思い出させる。このままでいいのだろうか。いつまでも逃げてばかりでいいのだろうか、と。

 揺り戻しはエレクトロという形をとってあらわれた。2015年の末にリリースされた Binh と Onur Özer からなるユニット Treatment のアルバム『LP』は、近年テクノの地下水脈でミニマルからエレクトロへの転回が起こっていることを告げ知らせるひとつの兆しだったと言えるだろう。
 ベルリンを拠点に活動している Binh こと Germann Nguyen は、これまでに東京の〈CABARET Recordings〉やそれこそミニマルの総本山とも言える〈Perlon〉から12インチをリリースしており、少し前までなら「ヴィラロボスが切り拓いた地平を堅実に歩み進んでいくアーティストのひとり」というふうに整理しておけば済む程度の存在だったかもしれない。しかし彼は件の Treatment のアルバムを経て、自身の主宰する〈Time Passages〉から「Dreifach」を、そして〈Perlon〉からは「Noah's Day」を発表し、従来のミニマル路線を引き継ぎながらそこに90年代のテイストを落とし込むという試みをおこなってきた。そのようなチャレンジを経て届けられたこの「Ship Of Imagination」は、そんな彼の歩みのひとつの到達点を記録した作品と呼ぶべき内容に仕上がっている。
 まず1曲目の“Booari”に漂うデトロイトの匂いに圧倒される。懐かしさを感じさせつつも、単なる模倣にとどまらないこの音の質感は一体どう表現すればいいのだろう。90年代後半のトゥ・ローン・スウォーズメンからの影響がうかがえる“Diggin In My Brain”も、大胆にミニマルと90年代的なアシッド・サウンドを融合させた“Milky Way”も、マシン・ミュージックの本懐ここにありといった様相で、矜持に満ちあふれている。下方を蠢くベース・ラインもたまらない。デトロイトやウェザオールといった過去のテクノ~エレクトロの遺産を、絶妙なさじ加減でミニマルのリスナーへ届けようとする本作は、当時を知るリスナーにも当時を知らぬ若いリスナーにも新鮮な驚きと発見を与えることだろう。
 テクニークの佐藤さんによれば、ヴァイナルのみでリリースされた本作はまたたく間に売り切れ、すぐに再プレスの運びとなったそうだけれど、このエレクトロ~90年代リヴァイヴァルの波はまだ海の向こうの現象にとどまっているらしい。おそらく日本では依然としてミニマルの人気が高いのだろう。でもその「幸福」はいつまでも続くものではない。いま確実に時代は移り変わろうとしている。そろそろあなたもオフトゥンから抜け出して、外の世界に耳を澄ましてみては?

小林拓音