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Nicolas Jaar

AmbientExperimentalPost-Punk

Nicolas Jaar

Sirens

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デンシノオト小川充木津 毅   Nov 11,2016 UP
E王
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 2010年代以降を振り返ると、特に2011年は優れたアルバムが数多く登場した年だったが、中でもジェイムズ・ブレイクのデビュー・アルバム『ジェイムズ・ブレイク』はその年のベスト・アルバムに推されることが多かった。そして、その2011年にニコラス・ジャーもデビュー・アルバム『スペース・イズ・オンリー・ノイズ』を発表している。『スペース・イズ・オンリー・ノイズ』は『ジェイムズ・ブレイク』のミニマル・テクノ版とも形容され、ジャーのサウンドにはリカルド・ヴィラロボスからマシュー・ハーバートなどの影響が見受けられた。そして、従来のテクノやハウス、エレクトロニック・ミュージックの枠に収まらないところがニコラス・ジャーの特徴で、ダウンテンポや変拍子などの幅広いリズム・アプローチを見せるとともに、映画音楽、民族音楽、ブルース、ジャズなど様々な音楽的要素を融合し、実験的なコラージュ作家という側面も見せた。ジャーはダークサイド名義でダフト・パンクの『ランダム・アクセス・メモリーズ』のリミックス・アルバムを制作するなど、ディスコやダンス・ミュージックへの積極的なアプローチを見せる一方、その作品の随所からルーツ・ミュージックや1950~60年代の古い音楽の嗜好というものが読み取れる。『スペース・イズ・オンリー・ノイズ』から5年ぶりとなるセカンド・アルバム『セイレーンズ』は、そうした異種の音楽の融合ぶりがさらに際立っているとともに、彼の詩情やユーモラスなセンスが散りばめられ、世界のいろいろな土地、様々な時代を放浪するような感覚へと誘う。

 深い沈黙の中からウィンドチャイムによって始まる“キリング・タイム”は、ガラスの割れる音、それを踏みしめるような音がコラージュされていく繊細でダークなアンビエント。11分を超す大作で、ジャーのトレードマークであるピアノのメランコリックで透明な旋律が流れる中、亡霊のようなヴォーカルが揺らめく。中世の教会音楽が時空を超えて流れているようでもあり、世界の最果てのような孤独な音楽である。ゆったりとした6拍子の“ワイルドフラワーズ”はコズミックな浮遊感を湛えたサイケデリア。ブラジル音楽が持つサウダージ感覚に近い哀愁と旅情を感じさせる。“ザ・ガーヴァナー”はアルバム中でもっともユニークな曲のひとつで、ロカビリーをノー・ウェイヴ風にやっている。破壊的なビートは次第にドラムンベースのようになり、サックスとピアノを交えたジャズ演奏へと変わっていくという、何とも掴みどころのない曲だ。こうした掴みどころのなさこそジャーの魅力であり、ユーモアの表われではないかと思う。“ノー”はさまざまな音やノイズをコラージュしていくジャーの典型的な作風だが、南米のフォルクローレがベースとなったような曲で、ヴォーカルもスペイン語で歌われる。歌詞の内容も暗喩に富み、多分に政治的な要素も含むようだ。ジャーの父親はチリ出身のアート作家のアルフレッド・ジャーで、少年時代は父に連れられてチリで過ごした。近年はアウグスト・ピノチェットによるチリ軍事独裁政権時代を記録した博物館で演奏を依頼されたこともある。父親からアウグスト・ピノチェット政権時代の話は聞いているのだろうが、そうした下地から生まれたような曲だ。

 “スリー・サイズ・オブ・ナザレス”もユニークな曲で、かつてのポスト・パンクを思わせる。ジャーが生まれたニューヨークでは、1978年にジェイムズ・チャンス&ザ・コントーションズ、アート・リンゼイのDNAなどが集まり、ブライアン・イーノのプロデュースによって『ノー・ニューヨーク』というオムニバス・アルバムが生まれたが、その中に入っていてもおかしくないような曲だ。“ヒストリー・レッスン”はパラグアイのハープ奏者のセルジオ・クエヴァスが1960年代に残した「ラグリマス」をコラージュしている。曲調は1950年代のアメリカン・グラフィティ的な世界をジャー流に解釈したドゥーワップで、デヴィッド・リンチの『ブルー・ベルベット』のサントラのようでもある。それにしても、ポスト・パンク的な曲からドゥーワップへ切り替わる脈絡の無さ、時系列や空間軸を逸脱したコラージュが『セイレーンズ』にはあり、それが放浪するような感覚を生むのかもしれない。なお、アルバム・ジャケットは父親アルフレッド・ジャーの作品である『ア・ロゴ・フォー・アメリカ』を引用している。アメリカとメキシコの国境にあるビルボードに掲げられた「ディス・イズ・ノット・アメリカ」という電光は、合衆国におけるジャーたちラテン・アメリカ人のアイデンティティを示したものであるが、『セイレーンズ』においてニコラス・ジャーも自身のアイデンティティを見つめ直したのかもしれない。

小川充

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