Home > Reviews > Album Reviews > Shabaka And The Ancestors- Wisdom Of Elders
昔からイギリスの音楽シーンにはジャマイカからの移民が多く、今ではその2世や3世の世代が活躍する時代となっている。イギリスでレゲエやダブが盛んなのはそのためであるし、クラブ・ミュージックの世界にもジャマイカ系は多い。ジャズの世界もそうで、1960年代であればジョー・ハリオット、ハロルド・マクネア、ディジー・リースなどがジャマイカからイギリスに渡ってきた。1980年代後半からはコートニー・パイン、クリーヴランド・ワトキス、スティーヴ・ウィリアムソンなどジャマイカをルーツに持つミュージシャンが活躍している。ロンドンの黒人ジャズ・サックス奏者のシャバカ・ハッチングスにインタヴューしたとき、彼の父親方がジャマイカ出身だったので、そうしたジャマイカのルーツを意識しているのかと訊いたところ、彼にとっては母親方のルーツであるバルバドスに対する意識の方が強いと言っていた。当然だが、同じ英国連邦のカリブ諸国でもいろいろ違いはあるようだ。彼の母親は教師だったそうで、その母親の薦めで6歳から16歳まではバルバドスで過ごしていたという。彼らのような有色人種にとって、現在のイギリスの教育制度には不満点が多いようで、その点でバルバドスの方が満足のいく基礎教育が受けられるし、子供が生活を送るのには適しているという判断だったらしい。
バルバドス出身者では、やはり1950年代半ばに渡英したトランペット奏者のハリー・ベケットがおり、モダン・ジャズからフリー、ジャズ・ロック、フュージョンといろいろやっていたのだが、その作品のいくつかではカリプソ色を強く打ち出したものもあり、そのあたりが彼のルーツなのだろうなという感想を抱いたことがある。シャバカにとっても同様で、彼自身はそれを表だって出すのではなく、あくまで自身を形成する要素の一部としてほかの音楽的要素と融合している。今回リリースしたアルバム『ウィズダム・オブ・エルダーズ』では、“OBS”という曲がカリプソのメロディーをもとに生まれたということだ。ジャズに進む前のバルバドス時代はカリプソ・バンドで演奏していたそうで、今はストレートなカリプソを演奏することはないけれど、ポエトリー歌手のアンソニー・ジョセフ(彼はトリニダード出身)のバンドで演奏するときは、比較的カリビアン色が強い演奏をしているようだ。
こうしたカリビアン・テイストには、アフロ・アメリカンのミュージシャンとの違いが表われているし、さらにもうひとつ『ウィズダム・オブ・エルダーズ』とアメリカのジャズとの違いとして、共演するアンセスターズが南アフリカ共和国のバンドということも挙げられる。アンセスターズは7人編成の南アフリカのジャズ・バンドで、トランペットのマンドラ・マラゲニ、ピアノのンドゥドゥゾ・マカシニ、ドラムのトゥミ・モロゴシと、それぞれ個別に活動するミュージシャンの集まりである。3年ほど前からシャバカは南アフリカに赴いて演奏する機会が増えたのだが、マンドラ・マラゲニを介して現地のミュージシャンとの交流が広がり、今回のレコーディング・セッションのためにアンセスターズは生まれた。南アフリカはアフリカ大陸の中でもジャズが発達した国のひとつで、1960年代頃から独自の発展を遂げた。アメリカから輸入されたジャズの影響下に、ハイライフはじめアフリカ音楽の要素を取り入れている。英国との結びつきも深く、古くはクリス・マクレガー、ドゥドゥ・プクワナ、ルイス・モホロ、モンゲジ・フェザ、ジョニー・ディアニなど〈ブルー・ノーツ〉の面々が渡英し、彼らの影響で英国ジャズ界におけるアフリカ音楽との融合が促進された面もある。クリス・マクレガーのブラザーフッド・オブ・ブレスは、前述のハリー・ベケットのほか、イギリスの白人ミュージシャンも数多く参加した集団で、フリー・ジャズとアフリカ音楽を融合したものだった。白人のクリス・マクレガーはハリー・ベケット、コートニー・パインらと1980年代末に共演してアルバムを出したこともあるが、こうした多人種、多民族のセッションが多くおこなわれるというところも、イギリスのジャズ界の面白さのひとつでもある。シャバカの『ウィズダム・オブ・エルダーズ』は全て南アフリカで録音されたそうだが、ブラザーフッド・オブ・ブレスから流れる英国と南アフリカのジャズの歴史、関係性が今も息づいていることを感じさせる。
小川充