ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Columns ♯6:ファッション・リーダーとしてのパティ・スミスとマイルス・デイヴィス
  2. valknee - Ordinary | バルニー
  3. Cornelius ──コーネリアスがアンビエント・アルバムをリリース、活動30周年記念ライヴも
  4. 酒井隆史(責任編集) - グレーバー+ウェングロウ『万物の黎明』を読む──人類史と文明の新たなヴィジョン
  5. Tomeka Reid Quartet Japan Tour ──シカゴとNYの前衛ジャズ・シーンで活動してきたトミーカ・リードが、メアリー・ハルヴォーソンらと来日
  6. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  7. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  8. KARAN! & TToten ──最新のブラジリアン・ダンス・サウンドを世界に届ける音楽家たちによる、初のジャパン・ツアーが開催、全公演をバイレファンキかけ子がサポート
  9. Columns 4月のジャズ Jazz in April 2024
  10. interview with Lias Saoudi(Fat White Family) ロックンロールにもはや文化的な生命力はない。中流階級のガキが繰り広げる仮装大会だ。 | リアス・サウディ(ファット・ホワイト・ファミリー)、インタヴュー
  11. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  12. interview with Shabaka シャバカ・ハッチングス、フルートと尺八に活路を開く
  13. Li Yilei - NONAGE / 垂髫 | リー・イーレイ
  14. 『成功したオタク』 -
  15. Kamasi Washington ──カマシ・ワシントン6年ぶりのニュー・アルバムにアンドレ3000、ジョージ・クリントン、サンダーキャットら
  16. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  17. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  18. まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地 -
  19. Ryuichi Sakamoto | Opus -
  20. ソルトバーン -

Home >  Reviews >  Album Reviews > John Grant- Grey Tickles, Black Pressure

John Grant

PopRock

John Grant

Grey Tickles, Black Pressure

Bella Union

Tower HMV Amazon

木津 毅   Dec 14,2015 UP

 「もし結婚できるようになったら……」
 数ヶ月前、僕はあるゲイの友人と飲んでいるときにふと尋ねたことがある。
 「結婚する?」
 友人はうーんと少し考えて、「それは相手によるな」と答えた。「そりゃそうだ、そう簡単にいかんよな」と僕はわははと笑って、そしてジョン・グラントの前作『ペイル・グリーン・ゴースツ』のジャケットでこちらをにらみつける彼の姿を思い出していた。もし結婚できるようになったら……、そんな仮定をするようになるとは、ほんの数年前はこれっぽっちも僕は思っていなかった。時代は前に進んでいる、たしかに。だが、グラントはそのアルバムで別れた恋人への憎しみと孤独、「そう簡単にはいかない」側の中年ゲイの悲哀を赤裸々に歌っていた。だから彼の歌はいまの時代にこそ必要だったのだろうし、彼がこちらをにらんでいた理由もよくわかる。

 ところが、新作のジャケットにおいてジョン・グラントの鋭かった目は……光っている。タイトルがアイスランド語とトルコ語で『中年の危機と悪夢』となっているのはいかにも彼らしいし、オープニングのタイトル・トラックは哀切に満ちた得意のピアノ・バラッドだ。そこで歌われる「自分が70年代のニューヨークを恋しがるようになるとは思っていなかった」とはつまりエイズ禍以前のことで、相変わらずHIVポジティヴである自分の混乱とどのように付き合っていけばよいかの苦悩が綴られる。「俺はよく食料品店で何も見ずに突っ立っているんだ/何を買ったらいいかわからないから」……カラフルであることが称揚されるこの時代においてグラントは、ひとりスーパーでボーっと立っているゲイ中年としての己の姿を自虐的に描写する。

 しかし、アルバムはそこから音において旋回しはじめる。“スナッグ・スラックス”の脱力したシンセ・ポップ、“ゲス・ハウ・アイ・ノウ”と“ユー・アンド・ヒム”のふざけたハード・ロック。前作にもあった80年代ニューウェーヴ色はさらに強くなり、ニュー・オーダーやデペッシュ・モードからの影響がいかに強いか、というか彼がそれらで育った世代であることがよくわかる。またバラッドにおけるストリングスや管楽器のアレンジも含めてアダルトであることが強調されているのだが、ずいぶんユーモラスで軽やかになっている。やや曲数が多く全体のまとまりとしては前作のほうが上だと正直思いはするがしかし、表現のあり方において何か吹っ切れたことがよく伝わってくる。曲自体においてはこだわってきたゲイネスから緩やかに解放されているし、何より彼自身が生き生きしている……目が光るわけである。

 シングルの“ディサポインティング”はトレイシー・ソーンとキャッチーなドゥワップ・コーラスを引き連れたポップ・ナンバーだ。ゲイ・サウナを舞台にして裸のヒゲオヤジが大量に出てくるビデオ(https://youtu.be/U2Ig4sMURdc)はカジュアルなゲイ・カルチャーがオシャレなものとして扱われる現在において、あまりにもホモセクシュアルすぎて意地悪だなーと思わず笑ったが、しかし直球のラヴ・ソングだ……彼にしては。ラフマニノフやドストエフスキー、フランシス・ベーコンを愛するスノッブな中年男が、それでもそれらは「君の笑顔に比べたらがっかりなんだ」と歌いあげる。間違いなく本作におけるハイライトである。

 もちろんジョン・グラントはいまも、オシャレでもなく明るくもなく輝かしい希望に満ちてもいない側のゲイの……いや、ゲイに限らない、中年男のひとりとして相変わらずここにいる。だがユーモアを手放すことはないし、それでも新しい愛に出会ってしまうことを、自らの姿をさらけ出しつつここでドキュメントしているのである。

木津 毅