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A$AP Rocky

Hip Hop

A$AP Rocky

At.Long.Last.A$ap

RCA

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泉智   Sep 04,2015 UP

 ずば抜けたラップに脳みそまで痺れるビート、誰もがうらやむウェアとキックス。あとは、最高のトリップとセックス。それ以外にいったい何がいる? ここには崇高なスピチュアリティも、深淵な思想もない。メランコリアや感傷も存在しない。A$AP ROCKY(エイサップ・ロッキー)はぶれない。ディオールのジャケットを着て『フォーブス』の長者番付リストに載るようになっても、相変わらずコデインなんていう貧乏人のドラッグをやっている。黒い肌のジェームス・ディーン。あるいはラップするヘンドリクス。彼の声はいつも、ひどく醒めて、乾いている。

 デビュー時からニルヴァーナやジミ・ヘンドリクスをフェイヴァリットにあげ、ザ・ヴァーヴの“BITTER SWEET SYMPHONY“を丸ごとサンプルしていたROCKYが、今回のアルバムでロックやブルーズ的なアプローチを取り入れたことに驚きはない。ヒューストンやアトランタ産のトラップとチルウェイブを融合させたこれまでのサウンドに、ゴスペルやロック・シンガーによるコーラスまで加わって、音のテクスチュアは混沌としている。
 初っぱなから聖霊を呼び出すゴージャスなイントロ“HOLY GHOST”に続き、一転してミニマルなビートで冷酷な勝利宣言を表明する“CANAL ST.”、あのM.I.A.が「新しいビッチにしゃぶってもらいなよ」と連呼するトリップ・ホップ的な“FINE WHINE”を経て、“JD”のインタルード的導入までの流れは、ひたすらダウナーでサイケデリック。それ以降も、ダークで享楽的なノリはいよいよ強まっていく。稲妻のようなシンセが飛び交い、スモーキー・ロビンソンの歌声が塗りつぶされ、ほとんど爆発音に近いスネアとベースが炸裂する。ROCKYはひたすら膨大な言葉をスピットし続ける。覚醒と酩酊を往復しながらも、そのフロウは決してぶれない。流麗なライミングで金言めいたものを口にしたかと思えば、「ケツを振れよガール、プッシーを濡らせ」と下品な煽りも忘れない。
 サウンド面での特徴はもうひとつ、KANYE WESTやLIL WAYNE、MOS DEFといった大御所と並んで最多曲数でフィーチャーされた無名のギタリスト、JOE FOXの存在だ。ROCKYがニューヨークの路上で偶然ピックアップしたという彼の、ハーモニーというよりは分裂症的なイメージを与える歌声が、本作の印象を決定づけているのは間違いない。
 けれど、最も異色で印象深いのは、ROCKY本人が陶酔感たっぷりの歌声を披露する“L$D”だろう。曲の前半は完全にビートレス。愛と、セックスと、一瞬のサイケデリアを成分とするこの4分間のトリップだけが、グロテスクな享楽と神経症的な焦燥に満ちたアルバムのなかで唯一、幸福と呼べる瞬間をもたらしている。狂騒からの逃避先が出会ったばかりの女とのアシッド・セックスというのも救えない話だ。それでも、この不埒でロマンティックな逃避行は、どうにも抗いがたい魅力を放っている。ハーレム生まれの黒人が歌舞伎町で見るハリウッドの夢、といったエキゾティシズムを漂わせるミュージック・ヴィデオも、息をのむほどに美しい。このきらめく数分間の快楽の芳香には、善悪の境界線を危うくさせる強烈な引力がある。

 かつて「俺が欲しいのは女と金とウィードだけ(PUSSY, MONEY, WEED, THAT’S ALL I REALLY NEED)」というパンチラインを生み出したROCKYは、本作でもヴィラン(悪党)のペルソナを演じ切ることを選んだようだ。爆発的な成功がもたらした苦悩に身悶えしながらも、そこに内省はない。冒頭で呼び出した聖霊も早々に追い払い、シャンパンとコデインに酩酊して悪態をわめき散らし、アシッドを口に放り込んで他人の恋人を奪い取る。悪逆を尽くすその姿はしかも、セレブリティ好きの紳士淑女の口にも合うように、あくまでクールでスタイリッシュにスタイリングされている。この辺のあざといセルフ・ブランディングも、Y-3のパーカに身を包んでコンビニ強盗に押し入っていた前作の延長上にある。最近の悪党は、メゾン・マルジェラやリック・オウエンスを着ているのだ。
 すでに多く指摘されているが、今回のアートワークでROCKYの顔面を彩る紫の痣は、このアルバムのリリース直前、おそらくはコデインの過剰摂取で急逝したA$AP MOBの精神的支柱、A$AP YAM$への追悼を意味している。しかし、その盟友に捧げられたと思われる“M’$”や“WAVYBONE”に、型通りの哀悼の言葉は見当たらない。そこで代わりに繰り返される「金を生み出せ」というアグレッシヴなメッセージはそのまま、A$AP(Always $trive And Prosper)の哲学そのものでもある。どんな困難にぶつかろうと、自分たちのビジネスを貫徹すること。それがA$APファミリーの追悼の流儀だということだろう。

 薬物は人にフィジカルな絶頂と疲労を往復させることで、人生の盛衰を早回しに見せてくれる。極端な快楽は痛みに似ているし、快感と苦痛は同じように人の顔を歪ませる。それでも、ROCKYは倫理や情緒にすがらずに、あくなき衝動と欲望を肯定する。ラップにつきまとうセクシズムや拝金主義、暴力やドラッグといったネガティヴなイメージへの反発から、まっとうな社会的メッセージや詩的な技巧を誇るアーティストが持ち上げられることは多い。けれど、崇高な思想や美しい詩をありがたがるだけなら、大統領のスピーチを聴くか、大人しく読書でもしてればいい。いまや現代のコンシャス・ラッパーの代表格となったケンドリック・ラマーだって、あのメッセージの表層的なモラリティのみをすくいとって賛美することなんて絶対に不可能だ。万が一そんなマヌケなことをするのなら、ラップを聴く意味など一ミリもない。
 この男は、キング牧師の演説の夢を見て、全米で相次ぐ黒人への凄惨な暴力事件のニュースを眺めながら、セックスとドラッグに溺れている。この退廃と混沌は、ポリティカル・コレクトネスに対する幼児的な反発ではない。心臓を氷漬けにし、致死量のドラッグを体に流し込み、南部の熱病にうなされてカス・ワードを口走る。良心的徴兵拒否によってチャンピオン・ベルトを剥奪されたコンシャスなモハメド・アリではなく、衝動まかせに対戦相手の耳を食いちぎる獰猛なマイク・タイソンの時代に、この音楽は生まれた。善悪の彼岸をひた走る人間にとっては、大統領の肌の色が黒だろうが白だろうが関係ない。この確信犯の反知性主義こそは、すべてのラップ・ミュージックをラップ・ミュージックたらしめる、根源的な力なのだ。
 アメリカだけじゃなく、状況は違えど、日本もこんなご時勢だ。気付けば震災以降、安易な涙を誘う感動ポルノや、相対主義どまりのシニカルな社会的メッセージばかりが蔓延している感は否めない。たとえそのフェイムがセレブリティ的なメディア露出によるものだとしても、ROCKYは現在の日本で、おそらく最も名の知れたヒップホップ・アイコンのひとりだ。洗練されたファッションや表面的な音楽スタイル以上に、この吹っ切れた悪の表現の与えるインスピレーションは大きい。ポリティカル・コレクトネスに中途半端な色目を使う優等生や、ケチな露悪をもてあそぶ反動的な卑怯者は知るよしもない、本物の悪人の享楽がここにはある。世界の悲惨を目の前にして、善人は泣くが、悪人は無理にでも不敵に笑う。悲劇を悲劇とも思わないタフな快楽主義は、ときに涙を乾かし、切実な怒りに寄りそう、強力な番犬にもなるのだ。

 豪勢にめかしこんで地獄めぐりの旅に出た。いったんは悪魔に取り憑かれ、魂だけは奪われずに帰還した。ありとあらゆる悪徳にまみれ、もがき苦しみ、それでも懺悔も贖罪もしない。どんなに虐げられても生き延び、繁栄する地下の帝国で短い一生を謳歌する。馬鹿で愚かだと思うんならそれで構わない。この音楽は強靭な生の哲学であり、大罪人の敬虔な祈りであり、善悪の彼岸への招待状だ。大事なことなので、最後にもう一度。ずば抜けたラップに脳みそまで痺れるビート、誰もがうらやむウェアとキックス。あとは、最高のトリップとセックス。それ以外にいったい、何がいる?

泉智