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木津毅   Nov 07,2014 UP

 ジェシー・カンダによる禍々しく、グロテスクなアートワークをじっと見つめながら音に意識を集中する。アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズのファースト・アルバムのジャケットを思い出したのは僕だけではないはずだ。徹底して異物であろうとすること。異物……両性具有あるいは無性であろうとすること。耳から入ってくるきわめて抽象的な音の応酬はやがて、男でも女でもない性が叫ぶ声とすすり泣く声に聞こえてくる。

 『FADER』のインタヴューは、この謎めいたプロデューサーがどういったところからやって来たのかを明らかにしているが、このアレハンドロ・ゲルシという青年の率直さと飾り気のなさにはずいぶん驚かされた。そして僕は、ベネズエラでゲイとして生まれることを想像してみる。たとえば今年、ソチ五輪開催時にロシアにおける同性愛者への弾圧が取り沙汰されたとき僕たちが知ったのは、かの国ではゲイだということが明らかになると暴力を受けて命を落とす可能性さえあるということだった。ベネズエラは……どうなのだろう。はっきりとはわからないがしかし、ゲルシ本人が「ベネズエラの社会ではそれに気づくことすら許されないんだ」と言うのだから、まあそういうことなのだろう。が、「ママがいなくなったら毛布をドレスみたいにし」、「高校の女の子とデートし」、「ゲイをやめたいって祈ってた」という部分はよくわかる。僕はこんなゲイがたくさんいることを……たくさん、日本にもいることを知っている。自分の場合は幸運なことに、海外の音楽やカルチャーに多感な時期に触れる機会があったためにそこで多くの同性愛者たちと「出会っていた」からよかったが、もしそうでなかったらと思うとぞっとする。かつてのゲルシ青年のように、どうかストレートになれますように、と毎日祈っていたのかもしれない……それがどれだけ自分を傷つけることになるかも知らずに。

 アルカがベネズエラで生まれたゲイであったからポスト・インターネット時代の寵児となり得たと言うのは乱暴だが、しかし自分はまったく無関係だとも思わない。僕の友人のゲイには、自分と同じような人間がいることを知ることができたというただ一点において、インターネットに救われたと真顔で言う者もいる。しかしゲルシは「自分のような人間」をただ探すだけに留まらなかった。竹内正太郎による国内盤のライナーノーツによれば、インターネット上のWAVファイルを拾い集めたことがアルカの創造性の萌芽だったそうだが、それはすなわち、ゴミを手に入れ配合し継ぎ接ぎすることによって、自分が生きる世界には存在しなかった、あるいは許されていなかった異物を、グロテスクな何かを生成する行為だったのではないか。そうして、折衷的と呼ぶにはあまりに情報過多なアルカの音楽は「異形」と呼ばれることになる。

 世間からの注目を存分に集めたのちついに世に放たれた『ゼン』は、しかし、ミックス・テープ『&&&&&』よりはるかに、音としてもコンセプトとしても内省的な一枚となった。もちろん、オウテカを聴いていたという彼のIDMからの影響が残るメタリックなトラックもあれば、ポスト・クラシカル的なストリングスが強く印象に残る“ファミリー・ヴァイオレンス”もあるし、先行して公開された“シーヴァリー”にはポップな感触がたしかにある。アルバム全体で言えば相変わらずきわめて断片的で散らかった内容だ。しかしながらたとえばタイトル・トラック“ゼン”の、“シーヴァリー”の、“バレット・チェインド”の、強迫観念的なビートと不穏さには頭を両手で掴んでシェイクされているような気分にもなるが、それと同じくらい……もしかするとそれ以上に、“フェイルド”、“ウーンド”における気が遠くなるほど優美なメロディが訪れる瞬間に引き込まれる。ドラマティックなストリングスとエフェクトのかかったエモーショナルなヴォーカルが聴けるトラックを“ウーンド”、すなわち「傷」と名づけているその衒いのなさに、アルカそのひとの横顔が見えてくるようだ。『ゼン』は、カニエもビョークもFKAツィッグスも意識から消えたところで、複雑怪奇なリズムと半音階と不協和音にまみれながら、アルカただひとりと対峙するアルバムである。

 もしかすると、この音楽の正体不明な佇まいゆえにゲルシの素顔は知りたくなかった、重要でないという向きもあるかもしれない。けれども僕は、アーサー・ラッセルの音楽に勇気をもらったひとりのアーティスト志望のゲイ青年が、ある晩はじめて男とセックスをするというエピソードの「普通さ」こそに胸を打たれる。なぜならば……彼はやがて、自身の内に抱え続けた異物をこしらえ、そして音楽の名のもとにそれを思う存分解放させたのだから。ここにはいびつだが、純粋な官能がある。奇怪でグロテスクで、この世のものとは思えない、エイリアンが作ったような音の蠢き……しかしそれは、僕にはもう、ひどく人間的な感情の揺らめきに聞こえる。

木津毅