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アンビエントにつまらない作品が多いのは、無理もないことなのだ。アンビエントとは、ベーシック・チャンネルのミニマル・ダブのように、ジェフ・ミルズのハード・ミニマルのように、ラモーンズのパンクのように、アシッド・ハウスのように、誰にでもわりと簡単にそれらしい音を鳴らせるというひとつの発明でもあるので、それらしい音が氾濫する。
そもそもアンビエントは、つまらないから面白いとも言える。つまり、すっきりしない、高揚感がない、抑揚がない、退屈である、ゆえにアンビエントにつまらない作品が多いという言い方は矛盾である……はずなのだが、やはり面白くないモノは面白くないし、しかし誰にでもそれなりのモノが作れてしまうというのは、モノ作りの観点から言えば、それだけ優秀な発明だったということでもある。
今週末に刊行される『クラウトロック大全』の仕事をしながら、僕は部屋で久しぶりにハンス・ヨアヒム・レデリウスのアルバムを10枚ほど聴いた。そして、今年で80歳を迎えるこの老人の作品が好きだったなーと思いに耽っていたわけである。クラスター(元Cluster/現Qluster)のメンバーとして、電子大衆音楽黎明期の先達のひとりとして知られるレデリウスだが、ソロにおける彼の作風は、近年ではモダン・クラシカルと言われているもので、ピアノやオルガンの響きを活かした簡素な演奏に特徴を持っている。
アルゼンチン音響派の新世代と言われるウリセス・コンティの新作は、実にハンス・ヨアヒム・レデリウス風である。素朴なピアノ音が活かされているし、シンプルなトーンが歌のように聴こえるところも似ている。曲にはフィールド・レコーディング(遊園地、子供たち、昆虫、バスケットボール、鐘楼の音……などの生活音)の成果が混ぜられ、他の曲ではギターが弾かれ、ときにはもうひとつピアノが重なる。あくまでシンプルな構成だ。レデリウスのように曲も長いわけではない。なにせ27曲、曲名は、“A”“B”“C”“D”……とアルファベットがコンセプトになっているらしいとのことだが、長くて3分、短ければ30秒、多くが1〜2分の曲が並んでいる。
アルバムの題名は「ギリシャ人は、星は神が人々の話を聞くための小さな穴だと信じていた」という意味だと言う。ロマンティックだが、実際この音楽は、多分にメランコリックでありつつ、控え目にロマンティックだ。
いまはW杯の真っ直中、コンテクストを抜きにして、「アルゼンチン」という国名すらも特別に響いてしまうかもしれない。アルゼンチンの、ボスニアヘルツェゴビナとの試合の後半は見事だったし、苦戦したイラン戦でのメッシのゴールも素晴らしかったが、そんなこととウリセス・コンティの音楽が関連づけられるわけではない。このアルバムは彼曰く「ドイツとアルゼンチンのあいだ」で生まれている。プロデューサーは、ブエノスアイレスのエレクトロニック・ミュージク・シーンにいるひとり、Ismael Pinkler(アパラットのレーベル・コンピにも参加している)。僕がレデリウスを感じたのも、酷く的外れでもなかったようだが、この作品もある意味ではつまらない音楽で、要するに、決着のつかない音楽、クライマックスや結末があってはならない音楽なのである。ゆえにクオリティの高いアンビエトであり、W杯と結びつけるわけにはいかない。
野田努