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Untold

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Untold

Black Light Spiral

Hemlock Recordings

野田努   Apr 11,2014 UP

 前にも書いたことだが、時代が動くときはいっきに動くもの。2010年前後では、おそらく誰もが、まさかダブステップが乗っ取られるかのような事態になるとは思ってもいなかっただろうし、ハウス・ミュージック回帰がはじまるとも夢にも思わなかった。ゴス・トラッドがフランソワ・Kから大評価され、シカゴのゲットー・ミュージックが世界を明るくして、デリック・メイがDJで“エナジー・フラッシュ”をかけることになるとは……
 そして、ハウスにもジャングルにも(あるいはR&Bにも)逃げ場を見られなかった“追い詰められたシーン”からインダストリアルという名の断末魔のごときハード・ミニマル現代版が、おそらくブレイディみかこさんが書いているところの荒廃したUKから聞こえてくるとは思わなかったし、〈モダン・ラヴ〉がここまで魅了的になるとは思わなかった。何にせよ、息詰まっていることを受け入れることは、息詰まっていないふりをするよりは時代のドキュメントとして面白いのだ。

 4年ほど昔に戻ろう。いわゆるポスト・ダブステップと呼ばれた一群のなかで衝撃的だったひとりが、アントールドである。2008年から2009年にかけて主に彼のレーベル〈Hemlock〉などからリリースされた数枚のシングルは、ダンス・ミュージックであるものの奇怪で、そして間違いなく非凡だった。とくに“Anaconda”、〈Hessle Audio〉から出たこの風変わりなリズムはいちど聴いたら忘れられない。まだ有名になる前のジェームス・ブレイクがリミックスを手がけた“Stop What You're Doing”もユニークだったが、“Anaconda”の衝撃がいちばんだった。あの時代を共有している人の誰もがそう思った。

 彼はもっと早くファースト・アルバムを出すと思われていた。2009年の感覚で言えば、ブリアルの背中を見ながら、新しい領域を目指そうとしていたラマダンマン(ピアソン・サウンド)、ジェームス・ブレイク……などなどと並んで、アントールドには誰もが期待して、一目置いていた。ちなみに彼のレーベル〈Hemlock〉は、ジェームス・ブレイクの12インチを最初に出したレーベルである。

 アントールド──口では言い表せないという、いかにもDJカルチャーめいた名前を持ったこの男は、思わせぶりな曖昧さを打ち出してきている。具象的なアートワークを使ったシャックルトンとは真逆で、アントールドは黒い唐草模様の、微妙にエキゾティックな絵柄をレーベルのスリーヴにした。シックにも見えるし、ゴシックにも見える。
 また、彼の音楽は、ダンス・ミュージックではあるがDJがミックスしやすいものではないし、ダンサーがステップを踏みやすいものとも違う。遅すぎた彼のファースト・アルバム『Black Light Spiral』はとくにそうだ。が、これは、追い詰められ、息詰まっているところからのカウンターアタックとしては、破壊と再構築の感覚としては、実に興味深い作品である。彼にしては初めて自らのアートワークに具象的な写真──耳の割れた豚の置物を用いている。

 退屈なループ、サイレンの音、これがアルバムのはじまりだ。そして“Drop It On The One”のダビーで不安定なループ、電子音、毒々しいノイズ。“Sing A Love Song”の断片化された「ラヴ・ソングを歌え」という言葉のダブ処理と低音、ノイズのミニマリズム、唐突にミックスされる壊れたピアノ、“Wet Wool”の不吉なルーピング……
 『Black Light Spiral』のキーワードを挙げるなら、ダブとノイズ、音響コラージュ、そしてミニマリズムとなるわけだが、僕がこのアルバムに見るのは行き場を無くしたモノの不敵な実験性だ。ダブとミニマルの応用と言ってしまえばそうなのだが、それだけでは到底説明できない、独特な音の位相を持った情け容赦ない音響が収録されている。“Strange Dreams”の歪んだ音の反復は、インダストリアルとも共鳴し合っているようだ。

 行き場がないのなら地下を掘ればよいと言わんばかりのこのアルバムが、同時期にリリースされたミリー&アンドレアのアルバムほどの光沢があるかと言えば、僕としては答えが難しいところではあるが、いったい何が起きているのかと惹きつける力は充分あるし、確実なのは、“Anaconda”が無邪気に思えるほど、良からぬことが起きているというディストピックな感覚を感じざるえないということ、そして、アントールドはまったく日和らなかったということである。個人的には、ハイプ・ウィリアムスの来日ライヴを思い出した。

野田努