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Inc.

Inc.

3 EP

4AD

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橋元優歩   Aug 09,2011 UP
E王

 ここ数年のインディ・ロック・シーンにおいて、シンセ・ポップのリヴァイヴァルが目立つ点は多くの人が認めるところである。渦中のアーティストに明確にリヴァイヴァリストとしての意識があるのかどうかについては留保が必要だが、聴こえてくる音がシンセをフィーチャーもの、あるいはエレクトロ・ポップだったりすることは間違いない。
 この状況を牽引しているアーティストの多くは80年代生まれであって、ニューウェイヴの記憶など体験であるというよりは伝聞だ。よって彼らの方法や態度、また単純に音をめぐって、年長世代からのわりに厳しい評価があることも事実である。しかしアーティストばかりではなく、おそらくは彼らと同世代かそれ以下のリスナーもこの状況をよろこび、享受しているわけで、彼らの時代感覚がこれらシンセ・ポップの潮流の一部をチルウェイヴといった概念へと押し上げ、その裾野を広げ、解釈を洗練させていっている昨今である。よって当然と言えば当然だが、同じ時代の特定の音楽を参照しているように見えて、オリジナル世代に見えているものと当該アーティスト/リスナーに見えているものとは異なっているはずだ。
 インクにもまた濃厚すぎるほど80年代へのまなざしがある。なぜ80年代へとひかれていくのかという「そもそも論」はここでは措くが、彼らに見えているその時代もひとつの齟齬を含んでいるかもしれない。

 インクはロサンゼルスの兄弟ユニットで、ティーン・インクという名義で本作の前に1枚のシングルをリリースしている。アーティスト写真や彼らのホームページを訪ねればそのデザインのすみずみにまで80年代カルチャーへの思慕が刻み込まれていることがわかる。コスプレというレヴェルではなく、当時を実際に成人として生きたことを疑わないかのような奇妙な迫力があってしばし見入ってしまう。音も同様で、とくに前シングル「ファウンテンズ」はティアーズ・フォー・フィアーズなどを思わせる都会的なアフター・アワー・ポップ。そのシルキーでスムースな感覚は〈4AD〉からリリースとなった本シングルにも引き継がれているが、彼ら最大の特徴はほとんどのレビュワーが指摘するようにプリンスっぽさである。
 『ピッチフォーク』などはほとんどプリンスの盗作として不当なまでに低い評価を下している。「インクがなにか証明するとすれば、それはだれでもプリンスのマイナーなディスコグラフィから強盗を働けるということだ......」
 たしかにそっくりではあるが、では「インクを聴くならプリンスを聴けばいい」となるかといえば、そうはならない。これはパクリか否かという正統性をめぐる問題ではないのだ。もっと言えば、おそらくこの執筆者にはオリジナル世代が生きた時代やその時代の特定の音への正しい理解があるかどうかといった点でひっかかりや快く思わない点があるのだろうが、それすらも問題ではない。インクにはインクのプリンスがあり、80年代があり、いまがあり、それが彼らのなかでしっかりつなぎあわされていると感じるからこそこちらは共感するのである。あの美学的で隙間の多いファンキー・ソウルはたしかにプリンスの手つきだが、劣化したプリンスではなくてまるで別物だ。
 "スウェア"を聴くとよくわかる。"スウェア"のイントロ、まばゆくけむたげなシンセのフックが素晴らしい。切なく、みずみずしく、典雅だ。この冒頭に限って聴かれる独特のリヴァーブ感とこもったような音処理には、チルウェイヴに通じる感覚があり、じつにいまらしいと感じる。インターネット時代の無限にアーカイヴィングされた情報空間にばらばらに放り出された我々の、それぞれのありかたを静かにつつみ、祝福するかようなぬくもりがある。インクがプリンスのかわりにならないように、プリンスもまたインクのかわりにはならない。個人的な感覚から言えば、本当のプリンスや本当の80年代などどちらでもよいのである。むしろ、その「本当」が実装されていないプリンスであったり80年代だったりするからこそ後続世代にとってオルタナティヴに機能するのだ。

 あまりにシンプルなリフだが、"スウェア"ではその単音の音符と音符のあいだに、そして頼りなげな後打ちのビートの隙間に、レコードが回転していく時間をはっきりと感じることができるだろう。彼らには時間と間合いへの審美的なセンスも備わっている。それはこれまでも止まることなく進んできた時間であり、しかしスイッチを切れば無惨に止まってしまう再生音楽の時間でもある。回転するレコード盤の上にホログラムのように像を結んだ、よるべない音たち。そのようなよるべなさがインクのか細い、モノクロームで撮影された肢体からも漂ってくる。もともとセッション・ミュージシャンとしてスタジオからキャリアをスタートさせたという兄弟は生演奏にもこだわっていて、"ハート・クライムス"も"ミリオネアズ"も、艶やかなピアノやサックスのあしらい方が聴き所のひとつである。だがそれ以上にこうした時間感覚が、彼らをライヴ演奏に向かわせるのかもしれない。さまざまな点から見て、現在を生きて感受するものへのレスポンスがしっかりとあるユニットだと思う。

橋元優歩