Home > Reviews > Leila Bordreuil + Kali Malone- Music for Intersecting Planes

カリ・マローンとレイラ・ボルドルイユによる『Music for Intersecting Planes』は、両者にとって初の本格的なデュオ作品であり、ドローン(持続音)とミニマル(反復)というふたつの音楽的語法の現在地を示す重要な一作である。本作『Music for Intersecting Planes』は、スティーヴン・オマリー主宰のレーベルにして、現代実験音楽の重要な拠点ともいえる〈Ideologic Organ〉からリリースされた
『Music for Intersecting Planes』の核は、持続音同士が重なり合い、交差し、ときに軋みや衝突を伴いながら推移していくそのプロセスにある。いずれの音もどこか硬質な質感を帯びているが、そこから絶えず立ち現れる微細な「揺らぎ」が、結果として1960年代後半のサイケデリックな響きを想起させもする。
まず初めに、カリ・マローンとレイラ・ボルドルイユの経歴を簡単に整理しておきたい。カリ・マローンはアメリカ出身で、現在はストックホルムを拠点に活動する作曲家/オルガニストである。純正律に基づく持続音(ドローン)の探求をおこない、現代「ドローン音楽」を代表する存在となった。代表作『The Sacrificial Code』(〈iDEAL Recordings〉/2019)では、教会オルガンと建築空間の残響を統合し、音響を時間ではなく空間として提示する方法を確立した。その後も『Living Torch』(〈Portraits GRM〉/2022)では金管アンサンブルを導入した。さらに『Does Spring Hide Its Joy』(〈Ideologic Organ〉/2023)では長時間の持続音の中で音色や音程の変化を極限まで引き延ばし、『All Life Long』(〈Ideologic Organ〉/2024)では、旋律的な要素とドローンを見事に交錯させるなど、一貫して「音の持続(ドローン)を構造化する」実践を続けている。
加えて、本作『Music for Intersecting Planes』に先立つ重要な流れとして、カリ・マローンと実験音楽集団コイルのドリュー・マクドウォールによる『Magnetism』(〈Ideologic Organ〉/2025)も紹介しておきたい。『Magnetism』は持続音と電磁的な揺らぎが織りなす、緊張と静謐の均衡点を探る作品であった。マローンのミニマルなドローンに、マクドウォールの電子音響が干渉し、音は固定されず微細に変容し続ける。時間の流れは線形ではなく、場のように立ち現れ、聴取者を包み込む。両者の美学が拮抗しつつ融合した、精緻で物理的な音響を展開していた。ここでもマローンは音響の干渉をテーマに、持続音と音響空間の構築と生成を追求していたように思える。
2026年のカリ・マローンは、ピュース・マリーとともに〈XKATEDRAL〉から発表されたスティーヴン・オマリーの新作『Spheres Collapser』にも参加している。同作もまたパイプオルガンによるドローン作品であり、『Music for Intersecting Planes』と併せて聴くことで、持続音がもたらす知覚の変容を、より明確に捉えることができるだろう。
一方のレイラ・ボルドルイユは、NYを活動拠点とするチェリスト。チェロという伝統的な楽器を出発点としながら、その役割/音響を拡張してきた音楽家にして演奏家である。『Headflush』(〈Catch Wave Ltd.〉/2019)では増幅とフィードバックによってチェロを振動体として扱い、『Not An Elegy』(〈Boomkat Editions〉/2021)では環境音を取り込むことで演奏と空間の境界を曖昧にした。さらに『1991, Summer, Huntington Garage Fire』(〈Hanson Records〉/2024)では記録音とノイズ的演奏を衝突させ、音と記憶の関係を浮かび上がらせている。
これらに共通するのは、音を固定されたエレメントとしてではなく、ノイズや環境音などさまざまな音との相互作用として捉える姿勢である。本作『Music for Intersecting Planes』は、これまでの流れを引き継ぎながらも、さらに踏み込んだ内容となっている。音は空間のなかでいくつもの層となって重なり合い、互いに影響し合いながら変化していく。言い換えれば、ふたつの音が異なる条件のもとで同時に交わり続けている状態である。これは、旋律や声部の関係によって構築される従来のポリフォニーとは異なり、音同士の重なり方やずれ、その関係そのものを作曲の単位として扱う試みである。
『Music for Intersecting Planes』の録音はスイスのラ・トゥール=ド=ペイユ寺院でおこなわれた。エレン・アークブロの傑作『Nightclouds』(2025)の録音やフェリシア・アトキンソンのライヴなどがおこなわれた場所でもある。石造建築特有の長い残響によって音の減衰が引き延ばされ、過去の音と現在の音が重なり合う瞬間が訪れる場所だ。
編成はチェロ、パイプオルガン、サイン波。劇的な強弱変化はほとんどなく、音のわずかな揺れが持続的に展開される。そのためリスナーは全体構造ではなく、微細な変化に意識を向けることになる。顕微鏡を覗き込み、音の変化を観察するように。ここにおいて時間は直線的に進むのではなく、空間のなかに留まり、層として知覚されていくのだ。
録音はシングルテイクに近い方法でおこなわれ、編集による時間操作は極力排除されている。この手法によって、演奏の連続性や偶発性がそのまま作品に定着し、音響が生成される過程そのものが提示されることになった。
収録された4曲は、それぞれ異なる音響の状態を示している。まず1曲目 “Intersecting Planes I” では、オルガンのドローンの上にチェロの持続音が重なり、わずかなピッチの揺れによって内部に細かな動きが生まれ、軋むような音が空間のなかで生成されている。まるで持続音をフィールド・レコーディングしたようなサウンドなのだ。この1曲でアルバム全体のトーンを見事に表現している。2曲目 “Intersecting Planes II” では高音と低音が交錯し、音同士の衝突や干渉がより明確に知覚される。ここでは「演奏された音」よりも「生成された音響」が前面に現れる。3曲目 “Pilots in The Night” は最も静的で、音が重なりながらゆっくりと変化していく。最終曲 “Endless Dance of Eternal Joy” は約1分30秒と短く、アルバム中で唯一、旋律的な要素が現れるが、反復ののち唐突に終わる。
アルバム全体を通して聴くと、ふたりの音楽性の変化がはっきりと見えてくる。マローンは、従来の厳密な和声構造をやや緩め、より粗く、物質感のある音へと踏み出している。一方、ボルドルイユはこれまでのノイズ志向から距離を取り、持続音へと接近している。つまり両者とも「ノイズ」へと接近している。そこでは音同士の干渉によって持続音が生成され続け、その響きは空間や聴き手の感覚に深く刻み込まれていく。
こうした変化は、音そのものの捉え方の転換へとつながっている。本作においてふたりは、音を「演奏する」や「聴く」という対象としてではなく、「観測する」対象として扱っているように思える。つまり音響の聴取から音響の観測へ。その点において、本作は現代エクスペリメンタル・ミュージックにおける重要なアルバムのひとつといえよう。
デンシノオト