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Home >  Reviews > Oneohtrix Point Never- Tranquilizer

Oneohtrix Point Never

ElectronicExperimental

Oneohtrix Point Never

Tranquilizer

Amazon

小林拓音+野田努 Nov 25,2025 UP
E王

 ヴェイパーウェイヴが資本主義批判なんぞではなく、たんにオンライン音楽シーンにおけるいちジャンルだと理解されてからずいぶんと時間が経つ。キッチュさ、あるいはアイロニーは、とくに加速させるまでもなく、資本主義における陳列物のひとつになっていることは周知の通りである。80年代日本産のCMが醸し出す奇妙なオリエンタリズムも初期マッキントッシュ・コンピュータの倒錯的フェティッシュさも、すべてはデータ資本主義というモンスターが飲み込んでいく。その現実そのものが「ポスト・インターネット的状況」と化しているのだ。『Replica』が暗示させたあの耐え難いほど退屈でありながらその魅力に引き込まれる亡霊性は、10年先を読んでいた。
 ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー通算11枚目の新作『Tranquilizer(精神安定剤)』は、すでに多くのファンが指摘しているように、彼の人気作として三本の指に入るだろう2011年の作品『Replica』を想起させる。ファン目線でいえば、かつて『Rifts』(2009)としてまとめられた初期の作風の面影もあるように思う。“Measuring Ruins” や “Petro” のコーラス的な部分、“Storm Snow” における反復からは『R Plus Seven』(2013)の気配を感じ取ってみたりしている。そう思いながら聴いていると、2010年前後のOPNのスタイルをよりアップデートしたのが本作ではないかと思えてくる。
 じっさいこうしたアプローチは『Replica』以来のものだと当人もみとめているが、しかし同作が没入感のあるループを基調としていたのにたいし、本作はどの曲も先が読めないのだ。レゲエのリズムを応用したダビーなはじまりの “Cherry Blue” のような曲も、その反復は短く、曲は二転三転し、そしてもとには戻らない。それは一時期のBurial作品における支離滅裂さ、もしくは村上春樹の長編小説における収集のつかなさのようで、元いた場所から逸脱し、展開はもつれ、しかし無事結末を迎えることになる。こうしたその先の読めなさが本作の特徴であり、『Replica』との圧倒的な違いである。
 “D.I.S.” で切り刻まれる高音部はロレンツォ・センニ的な点描トランスを想起させるし、途中でいきなりレイヴの断片が接ぎ木される “Rodl Glide” なんかはパンデミック以降のパーティ熱への目配せととらえることもできるかもしれない。であると同時に、さまざまな音のコラージュにはじまり『R Plus Seven』で試みられていたようなミニマルな断片を経由、『Age Of』で導入されていたようなチェンバロまで導入しつつ、最終的にはアナログ・シンセによる壮美な旋律が印象的な最終曲 “Waterfalls” は、本作中もっともその展開を楽しめる1曲と言えよう。
 今回は、ネット上のアーカイヴから忽然と姿を消してしまったサンプル音源が幸いにも救出されたことがコンセプトになっているという。リアルなものは普遍であるという荒唐無稽な立場とリアルはすべて恣意的に決まり、ただ記号のみが存在するという立場があり、つねに「どちらでもない」という道がある。「ポスト・インターネット的状況」は、その「どちらでもない」を大義として、本作のスリーヴアートに描かれた鮮やかなポップアートをちらつかせながら人びとを取り込んできた。「対話的(ダイアロジック)」であると思われたことは下劣な落書きか、よくて趣味の競い合いであって、不気味なイメージさえもその神秘なまといは課金される。ぱっと聴きでは穏やかに聞こえる冒頭 “For Residue(残留物のために)” や “Vestigel(残存物、痕跡)” の、しかし妙にぞわぞわする感覚は、たんに「金輪際失われるかもしれない」という危機感のみならず、そうしたポスト・インターネット的状況下における包摂の不安を表現しているのかもしれない。
 『Tranquilizer』は音響的な迷路を楽しむ、娯楽作品的な側面もあるが、同時にこの不調和な並置は、リスナー/ファンに『Replica』から14年経った現在地の亡霊性を、おそらくは少々の時間をかけて、そして想起させるに違いない。そういう意味では、これこそファンが待ち望んでいたアルバムだと言えるだろう。

小林拓音+野田努