ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Columns 4月のジャズ Jazz in April 2024
  2. Li Yilei - NONAGE / 垂髫 | リー・イーレイ
  3. interview with Lias Saoudi(Fat White Family) ロックンロールにもはや文化的な生命力はない。中流階級のガキが繰り広げる仮装大会だ。 | リアス・サウディ(ファット・ホワイト・ファミリー)、インタヴュー
  4. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  5. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  6. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  7. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  8. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  9. claire rousay ──近年のアンビエントにおける注目株のひとり、クレア・ラウジーの新作は〈スリル・ジョッキー〉から
  10. interview with Shabaka シャバカ・ハッチングス、フルートと尺八に活路を開く
  11. tofubeats ──ハウスに振り切ったEP「NOBODY」がリリース
  12. Beyoncé - Cowboy Carter | ビヨンセ
  13. 『成功したオタク』 -
  14. Politics なぜブラック・ライヴズ・マターを批判するのか?
  15. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  16. 壊れかけのテープレコーダーズ - 楽園から遠く離れて | HALF-BROKEN TAPERECORDS
  17. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第1回  | 「エレクトリック・ピュアランドと水谷孝」そして「ダムハウス」について
  18. Free Soul ──コンピ・シリーズ30周年を記念し30種類のTシャツが発売
  19. interview with Fat White Family 彼らはインディ・ロックの救世主か?  | ファット・ホワイト・ファミリー、インタヴュー
  20. Royel Otis - Pratts & Pain | ロイエル・オーティス
/home/users/2/ele-king/web/ele-king.net/

Home >  News >  RIP > 追悼:崔洋一

RIP

追悼:崔洋一

三田格 Nov 30,2022 UP

『十階のモスキート』(83)が崔洋一のデビュー作だと知ったのはだいぶ後のことだった。そもそもどうして『十階のモスキート』を観に行ったのかも覚えていない。『水のないプール』が妙な余韻を残す映画だったので、同じ内田裕也が主演だから観ようと思ったとか、そんなあたりだろう。内田裕也演じる警察官がパソコンを操作するシーンは『ブレイドランナー』が公開された翌年だと思うと相当チープなテクノロジー描写に見えたはずだし、僕の父親は60年代からIBMのコンピュータを日常的に使っていたので、かなりキッチュな光景に見えたことも確か。だけど、いまとなってはあのシーンが一番面白かった気がする。和室にあぐらをかいてランニング姿でコンピュータをいじっている様は等しく反体制的な気分を反映していたにしても『太陽を盗んだ男』の実験室よりも現実味があり、どこか日本がむき出しになっていたからだろう。考えてみるとITビジネスで人生の一発逆転を狙っている構図はいまでも変わらずに存在し、むしろプログラマーが増えたことで日本中が『十階のモスキート』であふれているともいえる。『十階のモスキート』は僕にとって『遊びの時間は終わらない』と『松ヶ根乱射事件』とともに不動の「派出所の警官3部作」をなしている。

 崔監督の名前を最初に意識したのは大方の人たちと同じく、それから10年後に公開された『月はどっちに出ている』(93)を観てから。同作は在日2世の監督が自らのアイデンティティをストレートに投影した作品で、それまでどこか隠すようにしか描かれなかった在日を堂々と、そして、快活に描き、ルビー・モレノ演じるフィリピーノとのラヴ・ストーリーに仕上げた快作だった(モレノが大阪弁で「もうかりまっかー」と発音するのが面白かった)。『月はどっちに出ている』以前にも80年代には『ガキ帝国』や『伽耶子のために』など在日2世を描いた作品がポツポツとつくられることはあったけれど、『月はどっちに出ている』が話題になってからは『エイジアン・ブルー』『息もできない長いKISS』『新・仁義なき戦い』『親分はイエス様』と、多様なテーマで在日2世たちのライフ・スタイルが相次いで描かれるようになり、さらに『GO!』が決定打となって00年代前半は在日2世を描いた作品がラッシュ状態に突入する(『RUSH!』という作品もあった)。これに『シュリ』や『JSA』といった韓国映画の大ヒット、04年からブームとなった韓流ドラマの勢いも手伝って日本国内で韓国文化の存在感が一気に増すと、これに抗して「嫌韓」というキーワードが05年に浮上し、いわば目に見えない差別から可視化された差別へと変わっていく。そうしたなかで崔洋一は彼の代表作となる『血と骨』(04)を完成させる。

『月はどっちに出ている』も『血と骨』も原作は梁石日。いずれも自伝的内容で、実父の人生を描いた後者はあまりにも壮絶だった。かまぼこづくりや金貸しでのし上がっていく金俊平をビートたけしが演じ、役者としてはこれがたけしの代表作といえる。ヤクザ映画でも刑事ドラマでもないのに家族に対するDVのシーンがとんでもなく激しくて、どちらかというと在日の方たちのイメージを悪くすることに貢献したような気がするほど。伝わってくるのは在日朝鮮人が日本で生きる時の気迫であり、崔洋一もビートたけしもその一点にかけてテンションを上げていく。そうなってしまうものはしょうがないだろうという衝動の表現というのか、力づくで生きていく金俊平の描写にはまったく妥協というものがなかった。金俊平は韓国・済州島出身だそうで、彼が最後に韓国ではなく北朝鮮を目指した理由は今年公開された『スープとイデオロギー』というドキュメンタリーを観て初めて知ることができた(複雑すぎるので説明は省略。『血と骨』を観ていまだにクラクラしている人にはお勧めしたい)。『血と骨』が公開された前後には『偶然にも最悪な少年』『ニワトリはハダシだ』、そして『ガキ帝国』を撮った井筒和幸監督による『パッチギ!』と力作がダンゴになり、『月はどっちに出ている』と『血と骨』がそうしたボルテージの高さを維持した屋台骨になっていたことは間違いない。在日の人たちをいつまでもいないかのように扱うわけにはいかなかっただろうし、崔洋一が考える契機を与えてくれたのである。そして、偶然なのか、第一次安倍内閣成立とともに在日2世を描いた映画作品は一気に退潮してしまう。だいぶ経って12年に『かぞくのくに』が話題になった程度か。

 崔洋一の魅力はもっとほかにもあるだろう。角川映画も撮りまくりだし、北方謙三や高村薫といったハードボイルドの系譜を際どい描写で撮り続けたのも明確な個性である。わからないのは結果的に劇映画の遺作となった『カムイ外伝』(09)で、崔洋一で『カムイ外伝』だったら絶対に面白くなると思っていたのに……これがどうしても理解不能だった。民衆の力が社会を変えると考えていた白土三平の思想に疑問を持ちながら大島渚が『忍者武芸帳』を撮っていたことに違和感を持っていたと崔洋一は話していたことがあるから、そこは素直に白土三平の思想を反映するのかと思いきや、どうもそうとは取れず、何を伝えたいのか僕にはよくわからなかった。崔監督にはお会いしたこともなく、どんな人となりかも知らないので、作品を観た以上のことは何も書けないのだけれど、ぶっ飛ばされるのを覚悟で「『カムイ外伝』、よくわかりませんでした!」と話を聞きにいくべきだったなあと思うばかり。R.I.P.

三田格

NEWS