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Home >  News >  RIP > R.I.P. McCoy Tyner - 追悼 マッコイ・タイナー

RIP

R.I.P. McCoy Tyner

R.I.P. McCoy Tyner

追悼 マッコイ・タイナー

小川充 Mar 27,2020 UP

 先の3月6日、ジャズの教科書や辞典にも大きく載るような巨星が逝った。ピアニストのマッコイ・タイナーである。ニュージャージーの自宅で亡くなったことを親族が知らせたのだが、死因などは明らかにはされていない。1938年にフィラデルフィアで生まれ、享年81才だった。1960年から1965年のジョン・コルトレーンの全盛期を支えた黄金カルテットのひとりとして知られる彼だが、これでコルトレーン(1967年没)、エルヴィン・ジョーンズ(2004年没)、ジミー・ギャリソン(1976年没)と、4人とも全て他界してしまった。中でもマッコイは一番長生きをし、晩年まで元気に活動していたので、音楽家としての人生を全うしたと言えるかもしれない。私が彼のコンサートを最後に見たのは2010年のコットン・クラブでの公演で、そのときはホセ・ジェイムズやエリック・アレキサンダーも一緒にステージに上がっていた。優しくも威厳のある姿でピアノを演奏し、親子ほども年齢の離れたホセが、実際の父親に接するかのように親しみを込めてサポートしていたことを思い出す。

 かつて私は『ジャズ・ネクスト・スタンダード』の一環で『スピリチュアル・ジャズ』(2006年、リットー・ミュージック社刊)を監修したが、その中でスピリチュアル・ジャズのマスター的なミュージシャン25名を取り上げ、ジョン&アリス・コルトレーン、ファラオ・サンダース、アーチー・シェップ、ギル・スコット・ヘロンらと並んでマッコイ・タイナーもフィーチャーした。そこでは音楽性の相違から来る1965年のコルトレーン・カルテット脱退後のソロ作を取り上げているが、コルトレーン・カルテット時代に比べてマッコイのソロ活動はどうも過小評価されているのではないかと感じていて、日本のジャズ評論などでは駄作扱いされてきた1970年代の作品もいろいろと載せている(日本のジャズ評論はどうもコルトレーンとセットでマッコイを取り上げがちだった)。もちろんコルトレーン・カルテット時代が素晴らしいことに変わりはないが、ソロ活動ではマッコイの音楽性や志向がより明確に表現されるようになり、そこにはコルトレーン・カルテット時代のほかの3人とは異なる個性も見られる。

 コルトレーン・カルテット在籍中も『リーチング・フォース』(1962年)、『ナイツ・オブ・バラーズ&ブルース』(1963年)、『トゥデイ・アンド・トゥモロー』(1964年)などを録音するマッコイだが、これらはカルテットの方向性と同じモード・ジャズに沿うものだった。一方、独立後では『ザ・リアル・マッコイ』(1967年)、『テンダー・モーメンツ』(1968年)、『タイム・フォー・タイナー』(1969年)と、晩年のコルトレーンが傾倒したフリー・ジャズとは異なる方向性のアルバムを発表する。これらは当時のハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、フレディ・ハバードら、ポスト・コルトレーン世代が牽引する新主流派ジャズと同調する作品である。しかしながら『テンダー・モーメンツ』では “モード・フォー・ジョン” と夭逝したコルトレーンを追悼する曲もやっていて、根底ではコルトレーンの心の同志であったことも示している。このアルバムは “ユートピア” など重厚なブラス・サウンドも特徴で、マッコイが単なるピアニストではなく、作曲家・編曲家として飛躍した姿も見せてくれる。後に彼の代表曲となる “マン・フロム・タンガニーカ” など中南米やアフリカ音楽への積極的なアプローチも見せる点で、マッコイのディスコグラフィーの中でも重要なポイントとなるアルバムだ。『タイム・フォー・タイナー』の “アフリカン・ヴィレッジ” や “リトル・マディンバ” からもアフリカ~中南米志向が伺える。一方、『ザ・リアル・マッコイ』には “サーチング・フォー・ピース” や “コンテンプレーション” など、1970年代のスピリチュアル・ジャズへと繋がるような楽曲が収められている。

 そして1970年代前半はスピリチュアル・ジャズ路線とアフリカ志向が前面に出る。グラミー賞にもノミネートされた『サハラ』(1972年)はじめ、『エクステンションズ』(1972年)、『アサンテ』(1974年)、『サマ・ラユカ』(1974年)と、実験的でアフリカ回帰色が強い作品が並ぶ。アフリカン・リズムとその延長にあるファンク・ビートの大胆な導入、マリンバや各種パーカッションなど土着的で呪術性を高める楽器を多く取り入れ、『サハラ』では自身でもピアノ以外にフルートから琴まで演奏するなど、トータルな音楽家としての方向性が表われた作品群だ。そうしたトータル・プロデューサー的な資質でいくと、大がかりなストリングスを交えたオーケストラの導入による『ソング・オブ・ザ・ニュー・ワールド』(1973年)、さらにその発展形と言える『フライ・ウィズ・ザ・ウィンド』(1976年)が、彼にとってひとつの到達点と言える。ジャズ・ミュージシャンにとってビッグ・バンドを率いることは夢のひとつであるが、カウント・ベイシーやデューク・エリントンなどのビッグ・バンド・マスターたちのスタイルを、マッコイは1970年代という時代に更新させたと言える。『フライ・ウィズ・ザ・ウィンド』はいわゆるクロスオーヴァーやフュージョンにカテゴライズされるアルバムだろうが、ジャズという枠を超えたポピュラー・ミュージックであり、ジャズ・マニアではない多くの人々の心に響くものを持っているがゆえ、表題曲は現在もマッコイの代表曲のひとつに数えられる。

 マッコイは優れたリズム感覚を持つピアニストで、その鍵盤さばきはときにパーカッションのようでもある。そんな彼の魅力が凝縮されたのが『アトランティス』(1975年)で、ブラジル出身のパーカッション奏者のギレルモ・フランコと相対した “ラヴ・サンバ” はトランシーでさえある。そうした意味でラテン調の作品はマッコイの見せ場と言え、『ダブル・トリオズ』(1986年)の “ラティーノ・スイート” はじめ数々の名演を残している。『インナー・ヴォイシズ』(1977年)の “フェスティヴァル・イン・バイーア” もラテン~ブラジリアン色に彩られているが、このアルバムでは男女混成コーラスやホーン・アンサンブルを交え、空間性に富む音作りをしている点も特徴だ。“フォー・トゥモロー” での神聖なコーラスはゴスペル的で、ハーモニックな音空間は後のアーティストにも大きな影響を与えている。カマシ・ワシントンが登場したとき、真っ先に思い浮かべたのがこのアルバムだった。マッコイの残した財産はこれからも様々な形で受け継がれていくだろう。

小川充

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