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interview with Kazufumi Kodama

interview with Kazufumi Kodama

どうしようもない「悲しみ」というものが、ずっとあるんですよ

──こだま和文、『COVER曲集 ♪ともしび♪』について語る

取材・写真:水越真紀    Dec 01,2023 UP

“ゲゲゲの鬼太郎” のメロディ自体が、ベースラインみたいなんですよ。最初のところなんかもまんまダブのフレージングと重なるんです。それが自分の中で自然につながってしまったんですね。これは僕の中ではリー・ペリー解釈なんです。

野田:『ともしび』を聴いてそんなにペシミスティックな気持ちにならないんですよね。それはなぜでしょう? ペシミズムが表に出なかったのはどうしてなんでしょう。

こだま:それはよくわからないけど、まだ『かすかな きぼう』とか『ともしび』というようなものを自分の中に持っているからでしょうかね。そうしたものを失って、絶望までいったら終わりということでしょうから、絶望し切らないままに日々暮らすということですかね。

私は60になったんですが、そうなると、過去の10年15年の長さを思い、この先同じ時間の長さを思うと、人生は短いよなと驚いています。

こだま:そうか。だけどね、もっとご年配の方もおられるわけですよね。生まれたばっかりの人もいる。でも「今日」という日は同じなんですよ。生きている人にとって。若いとか老いているということは関係なく、幼い子どもはべつにしても、青年も、ご年配の人もいて、みんな「見えないゴール」が先にある。でも「今日」という日だけを見たらそれは誰にとっても同じ「今日1日」ということなんですよね。過去の年月というのはいわばすでに過ぎてしまってきていて、あるのは「今日」という日だけなんですよ。貯金じゃないんだから、あたしは何十年生きてきましたといっても、それはもう過ぎてしまった時間なんです。
 だからと言って「今日という日を大切にしよう」みたいな言い方もしたくはない。そういう感じで、僕は言葉をどんどんどんどん失くしていっているんですよ。ほんとうに、言葉が減っていきますよ。それと経験したことも含め、世界で起きていることも含め、現実はもう言葉を超えてしまっているわけだから、絶句、ということですよね。だけどそれじゃあダメだろうとも思う。声を上げていかなきゃみたいなこともある。でもそれも僕の中ではどうなんだろうという気持ちもある。あとは大事なことというのは、あえて言葉にして言いたいのは、人も自分も傷つけずに、ということですよ。そんな暮らしをしていきたいというのかな。言葉としては数少ないんです。散々人を傷つけてきましたからね、幸いそれを知らされていないというだけで、都合良く生きてきましたから。

いやいや、どこに話を持っていこうというんですか!

野田:若いミュージシャンもいて、でもいまは長い音楽生活をしてきた人たちもたくさんいて、僕はいま、老年期を過ごしているミュージシャンの音楽にすごく興味があります。もちろん18歳の声というものは重要だけど、同じように68歳のときの声も絶対重要だと思う。

こだま:そうですね。音楽というのは運動ですからね、ボディというか、パフォーマンス。アスリートほどではないにせよ、人前で演奏して聴いていただくというパフォーマンスなんですよね。で、パフォーマンス年齢というものがあるから、なかなか絵画とか文学のような表現とはちがって、老年の表現はわかってもらいにくいですよ。やっぱり人はステージの上で元気に踊ったり、動きを見せたり、大きな声を出せたり、盛り上がろうぜと言えるエネルギーを持っている方が、パフォーマンスにはふさわしかったりしたんですね。いままで。野田くんがおっしゃったような、年齢を経てきたようなパフォーマンスというものはまだまだ受け取ってもらえるような状況ではない気がしますね。見た目もあるし、特にポップスの面では、若い人たちが音楽をキャッチして、それに憧れたりしていくわけでしょ。

野田:こだまさんのライヴを長い期間見させてもらっていて、イラク戦争の後だったと思うけど、まだバンドじゃなくてひとりでやっていた頃、ラジカセを持ってきてECDの曲をかけたことがあったんですよ。「ECDがいいこと言ってるぞ」と。自分の曲を演奏しないでECDの曲をかけてた。それがこだまさんっぽい。そんなことを自分のライヴでやるなんてめちゃくちゃじゃない。

こだま:ああ、あったな。そうだった。あの頃、自分の中で大事にしているのが「自由」ということでしたね。それを自分が率先したいと思っていましたね。批判があろうが、ある種のルール違反だったりしても、自分のいちばん大事なパフォーマンスの場で「自由でいる」ということを大事にしたかったんですね。最近はあまり使わなくなりましたね。

自由と言えば、いまももちろん大切ですよね。でも20世紀は、人びとがわりと心置きなく自由に向かっていかれた時代だった気もしますが、いまはその自由を権力者や富裕な人たちが存分に謳歌するようになっていて、弱い人にはむしろ過酷な環境の要因にさえなっていたりする。たとえばアメリカは自由だけど、貧困層やホームレスの人たちの悲惨さは先進国では異様に際立っていたりしますよね。

こだま:その「自由」は「自由民主党の自由」だね。アメリカはその上に医療の皆保険がないからね。僕の友人の奥さんががんの手術をしたんだけど、その手術の当日に家に返されちゃうんですよ。それを聞いたときに、アメリカというものをひとつ知りましたね。がん手術の当日に、点滴をつけたまま家に帰るんだよ。入院は莫大なお金がかかる。
 限られたプールの中で泳いだ方が楽しかったりして、大海で流されたら、相当自由だけどおっかなかったりする。つまりそういうことなのかもしれないですね。

サメがいますから、そういう面はありますよね。

こだま:「自由」ということのリスクがあるんだな。

経験したことも含め、世界で起きていることも含め、現実はもう言葉を超えてしまっているわけだから、絶句、ということですよね。だけどそれじゃあダメだろうとも思う。声を上げていかなきゃみたいなこともある。でもそれも僕の中ではどうなんだろうという気持ちもある。

野田:こだまさんは長い間やってこられて、達成感というものも感じるんじゃないですか。

こだま:まあ、アルバムを作ったり、ライヴをやったり、でも達成感というものではないですね。達成感というのは目標や目的があってのことでしょう? それがそもそもないんだから……
 でもあえていえば、今年の、あのうんざりするほど暑かった夏に、一曲曲を作ることができたんです。それは “海” という曲なんですけど、それが完成しはじめたとき、原発の汚染水を海に流しはじめたんです。それまでタイトルは考えていなかったけど、その状況があって、タイトルを「海」にしたんです。それはいまの自分がいちばん無理せず、大きな狙いもなく、ひけらかすものもなく、ものすごくいい感じで演奏できる曲を意識したんですよ。
 トランペットというのは、ハイトーンの楽器なんですよね。ソプラノとかせいぜいアルトで、華やかな音をパーンと出して聴いていただくということがあったんですよ、いままでの歴史上でトランペットというのは。ものすごい勢いでインプロして、衝撃的なハイトーンを出して人を惹きつけていくということができるときと、否応なしに高い音が出せなくなっていく自分というものもあるわけです。さっきの話で言えば、例えばピカソが10代でものすごく緻密な絵を描いていたけど、晩年には緩やかな線を引く絵を描くようになっていたということにつながるんだと思うけど、まあいい曲ができたんですよ、自分の中で。ただ派手さはないから、どれだけそこに耳を傾けていただけるかどうかはわからないけど、僕としてはこれからの自分がまだパフォーマンスを続けていく中で、それと作品としてのやっていき方のきっかけになった曲なんです。それはダブということでもそうですし……。ひとつのフレーズなんですね、大事なのは。
 アスリートは体力とパフォーマンスで、記録を即座に出すという過酷な仕事ですよね。100メートル走にしても野球やサッカーにしても。音楽にもそういうところがあるんです。たとえば高い音を出すには、大袈裟にいうと、皮膚とか筋肉というものと密接なんですよ。歌を歌う人も少しキーを下げたりしますが、トランペットでも出なくなった音は無理して出さない。つまり、無理してまで出せない音は出さなくていい。パンデミック下でのことにまた結びつきますが、パンデミック後には無理してまで生きていこうとしなくてもいいじゃないかと。
 なんでかというと、毎日毎日、ひとりで自主練をするんです。でも上達しないんですよ。若い頃は、練習すればするほど少しずつでも次なるステップなるものが見えたんですよ。つまり、アスリートがいっくら走り込んだって、過去の記録は出せなくなっていくんです。でもそれもやらなかったら現状維持もできない。練習もなかなかできないんです。へとへとになっちゃうんです。

でも音楽というのは高い音や速弾きがいいというわけでもないじゃないですか。

こだま:うん。でもつねに、そういう種類のものを望む世の中というものがあるんだよ。クラシック音楽というものも僕は好きでときどき聴くけど、全部ピッチが上がってるぜ。みんなやっぱり、世界の動きに応えていっている。スピードやアクロバット的なものを求める。人って、けっきょく、何秒で走れるとかすごく速弾きできますよということにまず目が行くわけですよね。パフォーマーというのは、悲しいことに道化みたいなところがあるんですよ。静かな道化師じゃ絵にならない、誰も相手にしないんだ。ライムライトみたいになっていくんですよ。気がつくと劇場に誰も人がいないというふうに……。
 パフォーマーが自分のいちばん良かったときをキープしたいと望むのは、宿命みたいなものだから。苦しいけど、望まざるを得ない。何か術があれば、なんでも取り入れたい、利用したいという誘惑も、パフォーマーであれば願ってしまうと思いますよ。でもその価値観が、果たしてどうなのかという話なんです。でも人はみんな、受け手と表現するものとの間にある違い、ギャップというものはあります。

聴き手は「音程が全部あっていて高い声の上手な歌」を聴きたいわけではないのにね。

こだま:たしかに、たまにオリジナルの作曲者が、シンガーに歌わせてヒットした歌を、何年も経って歌ってみたらそれが良かったりというようなこともある。そう言えばさっきの達成感の話だけど、“End Of The World” の歌詞を書いて、あれは原曲の歌詞とは違う、いわば替え歌ですけど、その歌詞を書き、チエコ・ビューティーに歌ってもらってレコーディングするというアイディアを思いついたときは興奮して眠れないくらいでしたね。それで、その後も聴くたびに、これは本当に良かったなと思っていた。それを今回、アリワに歌ってもらえてまたうれしかったですね。

自己顕示欲というものがひとつのエネルギーなんですよ。「俺はこうだ」というエネルギーを、持っている間はいいんですけど、自分の中では価値として見出せなくなっても、やっていくわけですから、そこでなにをやるのかということなんです。

野田:ご自分の過去のアルバムをいま聴いて、お好きなのは?

こだま:あのね、自分のアルバムを聴くことはあまりなくなってきてるけど、YouTubeにリスナーの方がアップしてくれているのをたまに聴くことはありますよ。そうか、こんな曲もあったんだなと。

野田:それはなんの曲だったんですか?

こだま:それは『NAZO』っていうアルバムに入っている曲でしたね。

おもしろいですね。自分の曲に、他人の曲のように出逢い直してしまう。それでアルバムを聴き直しましたか?

こだま:聴き直しましたね。

どうでしたか?

こだま:うん。いいなって思いましたね。

そうですか。そうですよね。

こだま:これも「それを言っちゃおしまい」ってことですけどね。

それ、いっぱいありすぎますよ。2、3個じゃないじゃないですか。でも、たくさんの「それを言っちゃおしまい」ということを伺っていて思えてきたことなんですけど、このアルバムについて、最初に “花はどこへ行った” からはじまる。すごく悲しい曲だけど、私がいま聴くと少しアナクロだと思うくらいちょっと時代を超えた、そういう反戦歌からはじまって、“ゲゲゲの鬼太郎” も含めて、次第にこの世界をなんだかんだ言って肯定していく雰囲気というものがすごくあって、でもしかし、そうなんだけど、単なる肯定ではないですよね。「とりあえず肯定しますよ」という感じなんです。「しなきゃしょうがないでしょ」というか、「否定しちゃしょうがないでしょ」、つまり「それを言っちゃおしまいでしょう」ということかもしれないんですけど。

こだま:うん。つまりさ、ガザの病院を爆撃する人がいるわけですよね。そこで怪我をする病人や怪我人を治療する人もいる。そういう世界なんです。さっき言われた「マクロを見ればどうしようもない世界」だけど、小さなところを見ていけばそうじゃないところもあるだろう、救いもあるだろうということなんですよ。僕も。

だけど「救い」だけを見ていたら、悲劇を肯定することになっちゃうでしょと。

こだま:そう。病院を爆撃する側と、それに右往左往してる医師や市民の両極がある世界がまず見えますよね。それからもっと引くと、どっちでもない人たちがたくさんいますよね。なにを考えているのかわからない人びとが。なんか、そんなようなことなんですよ。
 でももう先は知れてるわけですよ、この先ね。たかだか……

いや、そういうことを言ってる人に限って90までやってるということは往々にしてありますよね。バランスとれた食事もしているし。

こだま:いや、自分で客観的にそういうふうに自分に突っ込むときありますよ(笑)。「お前、悲しみだのなんだのと言ってるのに、実はさ、体のこと考えながら豆腐や納豆食ってるんだろ」って。
 いろいろ話しましたが、思うのは、自己顕示欲を削いで、でもパフォーマンスしていくことの難しさということですね。自己顕示欲というものがひとつのエネルギーなんですよ。「俺はこうだ、俺はこうだ」ということです。でもそうじゃなくて、パフォーマンスあるいは音楽を作っていくということの違いを、思っているところです。それはなかなか難しいんです。思い余って、「俺はこうだ」というエネルギーを、持っている間はいいんですけど、自分の中では価値として見出せなくなっても、やっていくわけですから、そこでなにをやるのかということなんです。

自己顕示欲って、表現の原動力として有効というか、いいものですよね。ほかのことだと、自己顕示欲なしでできることはたくさんあると思いますけど、

こだま:願わくはそういう職業につければ良かったと思うこともありますよ。
 それから最後に、いろいろ話した後に抜け落ちていることに気づくのは、寝たきりの人もいるし、体の不自由な人もいるということですね。つねに抜け落ちるんですよね。そうすると、自分が語ったことなどどうでも良くなってしまう。けっきょく、そういう人にとっても、政治というものはすごく大事なんです。だからやっぱりそれは考えていたい。なぜ差別というものがあるのか。なぜ隣国の人を嫌うのか。差別っていうのは根拠もないことで人を排除したり嫌ったりするんですよね。根拠がない、どこにもなんの理由もないんです。

KODAMA AND THE DUB STATION BAND
LIVE ♪冬のともしび♪ 飛石2DAYS

公演日:12月26日(火)、12月28日(木)
会場:立川A.A.カンパニー
出演:KODAMA AND THE DUB STATION BAND
時間:開場19時 開演20時
料金:6,500円+1D
http://livehouse-tachikawa-aacompany.com

取材・写真:水越真紀(2023年12月01日)

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Profile

水越真紀水越真紀/Maki Mizukoshi
1962年、東京都生まれ。ライター。編集者。RCサクセション『遊びじゃないんだっ!』、忌野清志郎『生卵』など編集。野田努編『クラブミュージックの文化誌』などに執筆。

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