Home > Interviews > Flying Lotus - フライング・ロータス最新作『フラマグラ』の魅力とは?
自分はこういうのを期待されているからそれを裏切って、もっと尖った方向に行かなきゃいけないとか、そういう意識もぜんぜん感じない。本人は「誰かがクリエイティヴになるのを励ますような作品にしたい」とふつうに良いことを言っているんですよ(笑)。 (吉田)
原:フライローが出てきた当初は、いわゆるひとりでこつこつと密室でビートを作っているビートメイカーのようなイメージでした。〈Stones Throw〉でインターンをやったりして、LAのビートメイカーのコミュニティのなかにはいたんだけど、じっさいはヒップホップ色は薄かったと思う。デビューも〈Plug Research〉だったし。当時『1983』は日本では「ポスト・ディラ」みたいな紹介のされ方をしていたけど、ぜんぜんそれっぽい音ではなかった。
吉田:いわゆる後期ディラの影響のあるブーンバップに電子音、サイン波ベースというイディオムで作られてるのも1曲目だけですね(笑)。
原:「黒い」か「白い」かでいえば「白」っぽい音だった。レコードより、ネットの隅を掘っているというか、マッドリブみたいな感じではない。だから〈Warp〉と契約したのもすごく納得がいって、むしろああいうのがLAのブラック系の人から出てきたということのほうが当時はおもしろかったんですよね。〈Warp〉は当時プレフューズ73を推していたけど、そのあたりの白人のビートメイカーもなかなかそのあとが作れないという状況だったから。ダブリーもそうだったけど、ヒップホップじゃなくて、テクノなどエレクトロニック・ミュージックの人が作るビートが、期せずしてディラのようなビートとシンクロする流れがあって、そこに影響されたのがフライローや初期の〈Brainfeeder〉のビートメイカーたちだった。その先駆けみたいなところはある。それでフライローをきっかけにLAのビート・ミュージックが注目されて、00年代後半から10年代頭にかけて広がったんだけど、それも頭打ちになった。フライローははやい段階で「俺のビートのマネするな」とか言ってたけど、そのころから特殊な位置に居続けている。
吉田:確かに『Los Angeles』で確立される16分音符で打つヨレたハットに浮遊感のあるシンセのウワモノ、シンセらしさが前面に出た動きの大きいベースライン辺りのビートの文法がフォロワーたちの間で蔓延する。それで本人は『Cosmogramma』に行っちゃいましたからね。
原:そこから先、ビートを作っている人たちがどういうふうに音楽的に成長できるか、成熟できるかということをフライング・ロータスは考えていたと思うんですよ。彼の音楽って、いろいろとごちゃごちゃ入っている要素を抜くと、根本にあるものはティーブスに近くて、すごくメランコリックな音楽の組み立て方をしていると思うんです。ティーブスとかラス・Gとかサムアイアムとか、あのへんが彼にいちばん近かった連中だと思う。そのコミュニティで作ってきたものがベーシックにあって、そのうえに何をくっつけていくのかというところでいろいろ思考錯誤して、それがその後の〈Warp〉での彼の音楽だと思う。
それで、それまでひとりで作ってきたトラックメイカーがそこからさらに成熟したことをやろうとすると、たいていは生楽器を入れたり、あるいは壮大なコンセプトを練るじゃないですか(笑)。彼は今回の新作でそれにたいする答えを出したんだと思います。『You're Dead!』までは筋道がわかるんです。『Cosmogramma』ではアリス・コルトレーンを参照して、じっさいにハープの音を印象的に入れてストリングスも入れたり、『You're Dead!』では凄腕のジャズ・ドラマーを4人も入れてフライロー流のジャズに接近する側面を見せたりして、でも今回の作品ではもう一度、密室でひとりでビートを作っていたころの感じがある。いろんなゲストを交えながらも、原点に戻っているようなところが。
吉田:ジャズとの距離感が変わったというか、ジャズの磁場をそれほど意識していない印象ですよね。コルトレーン一家という自身の出自へのがっぷり四つでの対峙がようやく終わって、みそぎが終わったというか。「俺が考えるジャズをひとまずはやり切った」みたいな感じがありますよね。
いまはもうネタはすぐバレちゃうし、なんでも組み合わせられちゃうし、「こうすればこういうトラックができますよ」というのが当たり前の世界になっちゃったので、つまらないなと思うわけ。そういう意識は当然フライローにもあったと思う。 (原)
吉田:フライローのインタヴューで、今作のドラムの音色には大きく3つあって、それぞれを「小宇宙」だと思っていると言っていたんですよね。MPCとかソフトウェアサンプラーでブレイクビーツをサンプリングしてチョップしたドラムと、ミュージシャンが叩く生ドラム、そして808なんかのドラムマシンという3つです。それぞれのドラム・サウンドは探求し甲斐のある小宇宙と呼べるほどの深みを持っているわけですが、フライローはそれらを並列に扱っている。それぞれの楽曲やアルバムごとに3つの小宇宙の力関係が異なるという。「Reset EP」のときも、“Vegas Collie”という曲ではLAMP EYEの“証言”など多くの曲でお馴染みの、ラファイエット・アフロ・ロック・バンドの“Hihache”のドラムを16分で刻んで複雑なパターンにしていたけれど、他方で最後の“Dance Floor Stalker”ではドラムマシンも使っている。ふつうはそういうふうにまったくソースの異なる音色のドラムをひとつのアルバムに散りばめると、いかにも「さまざまな手法を取り入れてます」みたいな感じになっちゃいますが、フライローは初期からそれがうまくできている。ドラム・サウンドに限らず、ネタと生楽器と電子音をミッスクしたときに徹底的に違和感がない。今回のアルバムも1曲のなかでソースがさまざまに切り替わったりしているし、そういう素材の扱い方はすごく優れていて、それがよく発揮されたアルバムだと思います。
原:もちろんこれまでもやっていたんだけど、その混ぜる能力がすごく洗練されてきている感じはするね。自分ですべての音のデザインまでやる感じになっている。前回まではミックスやマスタリングはダディ・ケヴがやっていて、今回もケヴが関わっているけれど、フライロー自身がけっこうやっている。録音全体にもすごく気を使っているし、いままで以上にアルバム全体を見る力、構成力みたいなものがアップしていますね。ちなみに『You're Dead!』って、じつは40分くらいしかないんですよね。
吉田:意外と短い。
原:今回は60分以上ある。『You're Dead!』はたしかに、あの構成でやると40分しかもたなかったという感じはするんだよね。60分も聴いていられないと思うんだけど、今回は何度でも聴ける感じがある。
吉田:フライローは「ミックスはすごく難しい」と『Cosmogramma』のころに言っていて、当時もダディ・ケヴにも伝わらないから自分でもトライしている。『You're Dead!』では生ドラムの音をめちゃくちゃ歪ませていてすげえなと思いましたけど、あれに行きつくのにそうとう思考錯誤があったと思うんですよ。『Cosmogramma』ではアヴァンギャルドな楽曲のベクトルに合わせるようにベースやドラムは歪みや音圧に焦点を当てて、次作は空間的なアンビエンスに焦点を当てて電子ドラムはハイを出してレンジが広がっている。そういった実験もひと通りやり終えた感じがします。だから今回は極端な歪んだサウンドも聞こえてこない。そうなると普通は「売れ線に走った」とか「きれいになっちゃっておもしろくない」ってなるんだけど、フライローだと「あなたがあえて綺麗な音作りをするということは、そこに何か意味があるに違いない」という像ができあがっていて(笑)、でも本人は裏をかいているつもりはないだろうし、気にしないで自由にやっているだけだと思うんです。自分はこういうのを期待されているからそれを裏切って、もっと尖った方向に行かなきゃいけないとか、そういう意識もぜんぜん感じない。本人は「誰かがクリエイティヴになるのを励ますような作品にしたい」とふつうに良いことを言っているんですよ(笑)。
原:人の励みになる音楽を作りたいとか、そんなこといままで言ったことないよね。たぶん立ち位置が変わってきたんだろうね。〈Brainfeeder〉についてもかなりコントロールしているというか、たんに自分の名前を冠しているだけじゃなくて、アーティストのセレクトもちゃんと自分でやっているし。本腰を入れてやっているからこその責任もあるんだと思う。これまでは自己表現みたいなことで終わっていたのが、あきらかに違うレヴェルに行っている。