Home > Reviews > Album Reviews > 早坂紗知- Free Fight
1988年に自主レーベルからひっそりと世に出て以来、ジャズ愛好家のあいだで幻の名盤として語り継がれてきた、早坂紗知&Stir Upのデビュー作『Free Fight』が、〈BBE〉の“J Jazz Masterclass”シリーズ第20弾としてリイシューされた。バップから新主流派、さらにはフリーに至るまでモダン・ジャズの語法を自在に取り込み、躍動感と疾走感あるグルーヴとともに、彼女ならではの明朗快活で奔放な解放感が伸びやかに吹き抜ける一枚だ。
1960年東京生まれの早坂紗知は、サックス奏者・土岐英史に師事し、村上春樹が経営していた〈ピーター・キャット〉などのジャズ喫茶でアルバイトをしながら現場での経験を重ねていった。70年代後半から80年代にかけて、モダン・ジャズは急速に過去の遺産としてアーカイヴされ、多くのプレイヤーがフュージョン志向へと舵を切っていく。その一方で、V.S.O.P.クインテットやウィントン・マルサリスの登場が、50年代のハード・バップを参照する新たな伝統回帰の潮流を生み出していた。
そんななか、日本各地のジャズ喫茶では、ビ・バップからフリーまでさまざまなスタイルのレコードが日々ターンテーブルに載せられていた。早坂は膨大な音源に囲まれながら耳を鍛え、リスナーとしての感覚を備えた演奏者/作曲家として、その稀有なセンスを磨いていった。
新宿〈ピットイン〉をはじめとするジャズ・スポットで活動を続ける彼女は、山下洋輔らフリー・ジャズの名手との共演を通じて表現の幅を広げていく。1985年には、のなか悟空が主導した奇想天外であまりにクレイジーな「富士山頂酸欠セッション」にも加わり、アンダーグラウンドの熱気の渦のなかに身体ごと飛び込んでいった。
80年代なかば、坂田明はビル・ラズウェルとのセッションを通じてニューウェイヴ以降の音像を切り開き、近藤等則はIMAでエレクトリック・トランペットとダンス・ビートを結びつけていた。こうした時代の機運のなかで、前衛ジャズの血脈を受けつぎながらグルーヴと構築性を両立する若い世代の試みとして、早坂は日本でも稀な女性サックス奏者がリーダーのバンド「Stir Up」を結成する。そして、日本フリー・ジャズ界の支柱であり批評家/プロデューサー/オーガナイザーでもあった副島輝人は、その才能にほれ込み、自身のレーベル〈Mobys〉からデビュー・アルバム『Free Fight』を制作する運びとなる。アンダーグラウンドでふつふつ渦巻く熱気をまるごとパッケージ化したようなこの作品には、スパッと決断してズカズカ飛び込み周囲の人びとを巻き込んでしまう早坂の人柄と魅力が、そのまま刻まれている。
アルバムは“The Song Of Yamato-Minzoku(大和民族の歌)”で幕を開ける。明快なホーン・リフとピアノで日本発のジャズを軽やかに高らかに宣言するオープニングだ。続く「The Thrilling Corner」では、オフピッチ気味のユニゾン・リフがオーネット・コールマンを想起させる。ポスト・バップのイディオムを身につけたバンドが、骨太なリズム・セクションの推進力を得て、自在なインプロヴィゼーションを上昇・下降させながら前へと押し出していく。
“La Pasionaria”では、サックスとヴァイオリンの緊密なインタープレイが繰り広げられる。ユニゾンとハーモニーを行き来しながら、寄り添ったかと思えばふいに離れ、再び交差する。その呼吸に、アンサンブル全体の柔軟さと緊張感が宿っている。
アルバムのハイライトは“Monster's Teardrops”。八尋知洋によるビリンバウ独奏で静かに始まり、郷愁を誘うリフからバンド全体が自然な流れで連動していく。組曲のように展開する構成のなかで、早坂の作曲能力とメンバー同士の阿吽の呼吸が際立つ。口ずさみたくなるようなリフが骨格を支え、ソプラノ・サックスが自由自在に空を舞う。硬軟と緩急を巧みに切り替えるフレージング、生命力に満ちあふれるプレイが積み重なり、クライマックスのえもいえぬ高揚の頂点へと聴き手をいざなう。
エンディングを飾る“Another Country”では、アルバート・アイラーを思わせる歪んで濁った音色とオーネット的なオフキー感覚、さらにはローランド・カークのあふれ出るソウルも飲み込んだトーンで、親しみやすく明快なテーマが歌い上げられる。哀感を帯びたメロディが陽性のエネルギーでかき回され、狂おしく詩情豊かなラストへ向かっていく。
1988年といえば日本はバブル景気の絶頂期。表ではフュージョンやシティ・ポップなど洗練された音楽が幅をきかせていたが、裏ではフリー・ジャズやニューウェーヴ/オルタナティヴが独自の発展を遂げていた。『Free Fight』は、享楽的な時代のサウンドトラックとは別のレイヤーで、自由になるための、自由であるための音楽を宣言し刻み込んだ一枚でもある。
『Free Fight』ののち、90年代初頭に早坂は単身ニューヨークへ渡り、〈ニッティング・ファクトリー〉や〈スイート・ベイジル〉といったクラブに出入りしながら、反レイシズムのフリー・コンサートやレゲエ・バンドに飛び入りしたり、さまざまなセッションを渡り歩いた。ブログに綴られたエピソードによれば、友人の誘いでコルトレーン晩年の名ドラマー、ラシッド・アリと共演し、フェラ・クティの2時間におよぶステージを体験したあとで楽屋に招き入れられ「一緒に演奏しよう」と声をかけられたこともあるという。
憧れに向かって迷わず駆け込み、いつの間にか輪の内側に入り込んでしまう身軽さと人懐っこさ。その両方が彼女の音楽生活を支えてきたのだろう。
早坂紗知は、現在もTReSやMingaといった複数のユニットで精力的な活動を続けている。作曲・アレンジや教育活動にも熱心な彼女の、長きにわたるキャリアの出発点が『Free Fight』には記されている。今回のリイシューには、本人提供のオリジナル・マスターが用いられ、リマスタリングにも自ら関わったという。彼女にとって、このアルバムが現在に連なる重要な一章として位置づけられる作品であるという証しだろう。
早坂は毎年2月26日にバースデイ・ライヴを行っており、2026年の江古田〈BUDDY〉公演では、同じ誕生日の山下洋輔もステージに飛び入りして『Free Fight』の収録曲が演奏されたという。40年近くにおよぶ時を経て、いま改めて耳を傾けるべき一枚として、このリイシューには大きな価値がある。
春日正信