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古き良きソウル・ミュージックを継承し、2010年代以降UKソウル・シーンの最前線を走るママズ・ガンのアンディ・プラッツと、幅広いジャンルでプロデュース・ワークを展開するマルチ・ミュージシャンのショーン・リーによる現代最高峰のAORデュオ:ヤング・ガン・シルヴァー・フォックス(以下YGSF)の3年ぶりの5thアルバム『Pleasure』が届けられた。デビュー時は、それぞれが自己の表現媒体を持ち、キャリアも十分なふたりによる半ば趣味的なサイド・プロジェクトかと思われたYGSFだが、2~3年の間隔でコンスタントに作品を重ね、気づけば10周年のアニヴァーサリーを迎えた。
YGSFがデビュー作『West End Coast』を発表し、イーグルスやアメリカのカラッと渇いたサウンドを病的なほど正確に捉えた楽曲 “You Can Feel It” で脚光を浴びたのは2015年のこと。日本ではAOR、海外では近年ヨット・ロックと呼ばれ再評価が進むこの手のジャンルには、ロックにあるべき反骨精神を欠いているという否定的な見方も当時はまだまだ根強かったと記憶している。そうしたなかで、1976~82年頃にハリウッドのスタジオ・シーンで生み出されたAOR/ヨット・ロックへの憧憬を自己流に表現する、という明確なコンセプトを持った彼らの登場は非常にユニークだった。10周年の節目を迎えた本作でもその方向性に大きなブレがないのが嬉しく、新作リリースの度に「これ、いつの作品?」と思わせる音作りの緻密さに頭が下がる。
これまでの4枚のアルバムと比べて変化した点としては、ソウル/ファンクの要素をより積極的に取り入れるようになったことが挙げられるだろう。スティーヴィー・ワンダーとスライ・ストーンへのリスペクトを込めた “Stevie & Sly” を1曲目に配したのは、彼らからのそうしたメッセージとも取れる。また、5曲目の “Holding Back The Fire” にも70年代末の芳醇なソウル・フィーリングが漂っており、そのユニークなリズム・パターンから、スウィッチ(ジャーメイン・ジャクソンに見出されたデバージの前身グループ)の “You Pulled A Switch” を筆者は連想した。AOR/ヨット・ロックに隣接するジャンルにまで守備範囲を広げつつも、参照する楽曲の年代や音像を揃えることで、アルバム全体の統一感を崩さないようにする工夫が随所に見られ、ますます彼らには死角がなくなったように感じる。
一方で、従来からのYGSFの十八番とも言える王道のAORナンバーでひときわ目を惹くのは、ドゥービー・ブラザーズの名曲 “What A Fool Believes” の印象的なリフを引用した2曲目の “Born To Dream” だ。このリフを拝借した楽曲は邦楽・洋楽問わず、80年代から現在に至るまで星の数ほど作られており、8ビートのミディアム・ナンバーに多幸感を付与するための常套句のようなアレンジ手法として、ポップス文化の中に定着していると言える。アコースティック・ピアノとローズ・ピアノを重ねた鍵盤の煌びやかな音色は、本家の “What ~” よりはむしろロビー・デュプリー “Steal Away” を彷彿とさせるもので、本人たちも数多あるオマージュ曲の全体像を正確に捉えていることが伝わってくる。また、3曲目 “Late Night Last Train” はフリートウッド・マックとデレゲイション、4曲目 “Burning Daylight” はアンブロージアとアース・ウインド&ファイアーを掛け合わせたことを本人たちがライナーノーツで明かしているが、ショーンの頭の中の膨大なディスコグラフィーを活かした引用の絶妙なセンスと、アンディのヴォーカルを聴かせる曲自体のメロディの強さが相俟って、決して単なるパスティーシュでない、強力なオリジナリティを生み出している。彼らが参照した、あるいは参照したと筆者が感じた楽曲を以下のプレイリストにまとめてみたので、本作と併せて楽しんでいただければ幸いだ。
デビュー作からつねに高く安定したクオリティを維持している反面、1st『West End Coast』での鮮烈な印象を更新できていなかったようにも思えるYGSFだが、本作はそれを覆すポテンシャルに溢れていると思う。シティ・ポップ・ブームが下り坂に差し掛かるなか、そのルーツと言うべきAOR/ヨット・ロックの歴史を辿ろうとするリスナーはまだまだ少ない。現代と50年前とを繋ぐ魔法のタイムマシンとして、YGSFにはいつまでも変わらずに西海岸の風を吹かせていてほしいと願っている。
福田直木