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Black Country, New Road

Art RockPost-Rock

Black Country, New Road

Ants From Up There

Ninja Tune / ビート

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Casanova.SIan F. Martin   Apr 07,2022 UP
E王
12

文:Casanova.S

僕には二度目の別離の夏を迎える余裕はない
この階段は、君の古い写真に繋がっているだけなんだ
“Concorde”

君は自分を必要とする世界を恐れているんだろう?
だから地元の人と仲良くすることはなかった
だけど君はそのツルでゆっくりと僕を縛り付け、どこにも行けなくした
“The Place Where He Inserted the Blade”

 2nd アルバムの発売直前にヴォーカル/ギターのアイザック・ウッドがブラック・カントリー・ニューロードから脱退することが発表された。僕は彼の書く歌詞と少し硬い歌声が大好きだった。ナイーヴな自己憐憫を重ねるような歌詞、音として紡がれる言葉たち、ひとつの言葉が他の言葉と結びついてイメージを形作りそうして意味をなしていくアイザック・ウッドのスタイル。彼は 1st アルバムで「Black Country」という言葉を繰り返し用いて、ヴォーカルが起こした性的トラブルを告発されたことで解散することを余儀なくされたナーヴァス・コンディションズから続くブラック・カントリー・ニューロードの物語を描き出した。ケンブリッジの10代の新人バンドがデビューするという最初の記事が出たタイミングでの告発、一曲も残す事なくバンドは終わり、時間が過ぎて、残されたメンバーはそれぞれに失意を抱えながらもバンドを続けることを決意した。そうして隅っこでギターを弾いていたアイザック・ウッドの前にマイクが置かれ、本来それを担当するはずだった人間の代わりに彼が歌いはじめるようになった。「だからきっとある意味で/いつだって僕はゲストだった」 1st アルバム収録曲のヴァージョン違い、“Track X (The Guest)” に追加された「ゲスト」というこの言葉はウッドのソロ・プロジェクト ザ・ゲストにひっかけた言葉なのだろうが、ナーヴァス・コンディションズの解散後にはじめたこの活動がいまのアイザック・ウッドのスタイルを形作った。そこで彼は初めて詞を書き唄い、そうして自分自身をゲストと呼んだ。

 ウッドにとってナーヴァス・コンディションズとはどんな存在だったかのか? それは 1st アルバムを聞けばわかるのかもしれない。起きてしまったことに対する後悔と自己憐憫、少しの希望、アルバムの全ての曲は同じ方向に向かって流れ、それが「Black Country」という言葉によって繫がれる。「僕は何にも学んじゃいない/2018年に失った全てのことから/彼女はまだどこかで僕らを待っているって気がしてならないんだ/水を綺麗に保つために僕たちが作ったものの下に隠されて」。7インチのヴァージョンから変更された “Athens, France” のように象徴的な言葉を差し込み(2018年はナーヴァス・コンディションズが解散した年だ)、ウッドはアルバムの曲を連結し、全体で大きなイメージを作りあげた。ここで唄われる「彼女」とはナーヴァス・コンディションズのことを指していて「Black Country」という言葉も同じものを意味しているのではないか? アイザック・ウッドの歌詞はそうやって想像する余地を残していく。「向こうで Black Country が待っているんだ」。そう繰り返し唄われる “Science Fair”、「Black Country の地面から僕らが作りあげたもの」「穏やかに過ごすために僕たちが作り上げたもの」。“Opus” では比喩的にブラック・カントリー・ニューロードの結成の物語が綴られる(ブラック・カントリー・ニューロードはサウス・ロンドンシーンのパーティのはじまりに間に合わなかったバンドだ。本来ならばナーヴァス・コンディションズかここに参加しているはずだった)。1年前のリリース時のインタヴューでサックス奏者のルイス・エヴァンスが語っていたように 1st アルバムはある時期の彼らを切り取ったものだったのだろう。傷ついた仲間たちが再び集い、そうしてまた歩き出そうとする決意の物語、ウッドは自分たちのバンド名から後付けで言葉に意味を付与し、その最初の物語、失われてしまったナーヴァス・コンディションの未来の姿を終わらせようとした。余裕なんてどこにもなく、スリルと狂気と不安がそこに漂っているような、1st アルバムはそんなアルバムだった。

 この 2nd アルバムはどうだろう? 破裂してしまいそうだったヒリついた空気が消え去り、記憶を静かに呼び覚ますような、優しく慈しむような、ここではそんな音楽が奏でられている。1st アルバムとはもう別のバンドになってしまったと言ってもいいくらいに。あるいはゆっくりと時間をかけて自分の中に潜む感情を理解しようとしているかのような。最初のアルバムで感情の変化や亀裂を描いていたギターやサックスの音がこの 2nd アルバムでは感情を優しく導いていくようなものに変わり、舞台の上でセリフをまくし立てているようだったウッドのヴォーカルはメロディをゆっくりと口ずさむようになった。それは1年前にインタヴューで見せていたあの仲間同士のリラックスした雰囲気で、ポップ・ソングを愛する、もしかしたらこれがバンドの本来の姿だったのかもしれない。「ネクスト・アーケイド・ファイアになれたら……基本的にはそれがゴールさ」 冗談とも本気ともとれるようなジョークを飛ばすアイザック・ウッドの、おそらくはそれこそがサングラスをかけフォンジーに変身しステージ立つ必要のなかった世界のブラック・カントリー・ニューロードの姿だったのだろう。『Ants From Up There』にはそんなバンドの魅力が詰め込まれている。

 ウッドはこの 2nd アルバムでもイメージを結びつけるキーワードような言葉を用いてそれぞれの曲を繋ぎアルバム全体で一つのテーマを描き出そうとしている。「コンコルド」は曲のタイトルになっているし、「ビリー・アイリッシュ」も複数回出てくる。「クランプ」は彼らをつなぎ止める留め金で、それは “The Place Where He Inserted the Blade” において自らを縛り付けどこにも行けなくするツタや彼らを結ぶタグ、長い糸としても表現されている(おそらくそれは僕たちが絆と表現するものなのだろう)。曲をまたぎ何度も歌詞に登場する「コンコルド」という言葉はケンブリッジ郊外にあるダックスフォード航空博物館を訪れた共通の思い出が元になっているとドラムのチャーリー・ウェインが明かしているが、アルバム3曲目である “Concorde” においてのこの言葉はおそらくコンコルド効果を意味するものでもある。このまま引きずっていてもろくな事にはならないと理解していながらも、それでもこれまでにあった出来事をなかったことにはできない。思い出は美しく自らを縛り付ける。クリエイティヴ・ディレクター、バート・プライスが手がけた 1st アルバムのプロモーション(インターネット上のフリー素材を用いたスタイル)から、メンバー自身が子供の頃に書いた絵を使ったプロモーションに変化していることからも彼らがノスタルジックな思い出をこのアルバムのテーマにしていることがうかがえる。このアルバムは思い出を抱えそれに縛り付けられながらもそこから歩みを進めようとするアルバムなのだ。

 インタヴューの中で彼らは今作では歌詞だけではなくサウンド面でもリンクさせようと曲作りの段階で考えていたとも語っている。ルイス・エヴァンスは「今回は、曲を作っている時に他の曲のことを考えながら作った感じ。アルバムの曲順も曲作りの時点で考えながら曲を作っていったんだ」と語り、メイ・カーショウも「全てをリンクさせることを意識していた」と話す。その言葉通り、1分足らずの短いイントロから繫がれる “Chaos Space Marine” にはその後の曲を紹介するティーザーのようにアルバムの中の要素が断片的に織り込まれている。グランドピアノの音に明るく優しいサックス、何度もタメが入って展開し、メロディを唄うウッドの口からはコンコルド、ビリー・アイリッシュ、掘ってしまった穴と次々と後続の曲を示唆するような言葉が出てくる。パーソナルな領域にゆっくり踏み込むような “Bread Song” はチャーリー・ウェインのドラムによってエモーショナルさを一気に加速させ、その手法は “Haldern” や “Snow Globes” にも取り入れられている。それは匂いや色、言葉や音、一見関係がない事柄が他の何かを思い出すきっかけとなるような記憶の仕組みによく似ていて、楽曲に繋がりと広がりを生み出している。おおげさに言うとひとつの曲の中に実際には鳴っていない他の曲の音、あるいはイメージが埋め込まれているような感じだ。そうしてそれがオーバーラップしてくる。表面的な言葉や音は必ずしもそれ自体を意味しているわけではなく、その時々で違った意味が顔出す。僕はこれこそがブラック・カントリー・ニューロードの魅力なのだと思う。彼らは曲単位ではなく塊としてアルバムを意識している。もっといえばアルバムとアルバムとの関係性も意識しているのかもしれない。

 このアルバムはとても内向きなアルバムだ。ライヴで演奏するために作られた楽曲が収められた 1st アルバムと違い、ライヴのできない状況下で作られたこの 2nd アルバムの曲たちはアルバムに収録されるために作られた。最初にあったのは “Basketball Shoes” でこの曲を出発点にしてこのアルバムは作られたという。全てのテーマが “Basketball Shoes” の中にあり、逆に辿ってアルバムの最終曲であるこの曲にまた帰って来る。初期に「チャーリーXCXについて夢を見た」と唄われていた箇所が「コンコルドが僕の部屋の中を飛び回る/家の中をズタズタにして」と変更され、アルバムの中を飛び回る「コンコルド」のイメージを強化する(それはまたしても僕たちを縛り繫いでいく)。「僕がしてきたことの全てはドローンを作ることだった/僕らは残りを唄う」 曲の中でウッドがそう伝える通りに、このアルバムでは他のメンバーの声も聞こえてくる。“Chaos Space Marine” を彩るコーラスに “Good Will Hunting” で響く歌声、“The Place Where He Inserted the Blade”、そして “Basketball Shoes” の重なる声、それらがエモーショナルに心を震わせる。これも 1st アルバムでは見られなかった特徴だ。

 このアルバムのレコーディングはバラバラではなく一つの部屋で同時におこなうライヴ・レコーディングの手法がとられたようだ。ロンドンから離れ船でワイト島に渡り3週間滞在し、寝食を共にしてアイデアを出し合い意見を交わす。時にはフットボールに興じたり、みなで屋外レストランに出かけたり、地元のパヴを巡り映画を見たり。ルイス・エヴァンスは 1st アルバムのインタヴューで冗談まじりに「音楽より仲間の友情の方が大切さ」と語っていたがこのスタンスは2nd アルバムでより顕著に表れている。プロデューサーは立てたくなかったし、ロンドンでのレコーディングもしたくなかった、それは激動の時代を経てもう一度自分たちと向き合う為に必要なプロセスだったのだろうか? ロンドンから離れた場所、海を渡ったイタリアの観光地を思わせる非日常の世界、そのスタジオの中で彼らはお互いに向き合い、観客抜きの自分たちの為だけのライヴをおこなった。サウンド・エンジニアのセルジオ・マッショッコ(最終的には彼がプロダクションを担当することにもなった)とワイト島のレコーディングスタジオのエンジニアのデイヴィッド・グランショウのふたりの手を借りて、2nd アルバムはそうやってでき上がった。だからこのアルバムはより彼らの内面に迫ったものになっている。ある意味で彼らだけで完結している閉じた世界のアルバムなのだ。バンドが大きくなっていく過程において閉じた世界だけでは成立しなくなる、自分たちを取り巻く世界が目まぐるしく変わっていく、だからこそ彼らは原点に立ち返りそこから再び始めようとした。美しく慈しむようなこのアルバムのサウンドは、ノスタルジックであると同時に、「コンコルド」の思い出を糧に前へ進もうという意志と明るい希望が感じられる。あたかももう少し自分たちのバンドをやってみるよというメッセージが込められているかのように。

 アイザック・ウッドの脱退の発表からそこに新たな響きが付け加わってしまったのかもしれないが、それでもこの 2nd アルバムにはレコーディングされた当時の希望がそのまま封じ込められている。だから悲しくは響かない。1年後、3年後や5年後、これから先、きっと繰り返し聞くことになるアルバムには思い出が積み重ねられていく。音楽はそうやって時間を重ね、“Snow Globes” に出てくるキャラクター、ヘンリーがそうしたように記憶の壁にかけられるのだ。アルバムのアートワークに描かれている飛行機はどうしてコンコルドではないのだろう? 頭にそんな疑問が浮かぶが、でもそんなことは些細な問題なのかもしれない。アルバムを取りだしてジャケットを眺める。その飛行機の模型からコンコルドのことが思い出されて、針を落とす前にはもう頭の中に曲が流れ出している。このアルバムはやはり記憶と連想のアルバムなのだ。美しく感傷的で希望に溢れるブラック・カントリー・ニューロードのこの 2nd アルバムはきっと頭の中、記憶の部屋に残り続けることだろう。この先バンドがどんな風になっていくのかわからないが、でもいまはこの素晴らしいアルバムが作り上げられたことを嬉しく思う。

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