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Marisa Anderson / William Tyler

Ambient AmericanaCosmic Country

Marisa Anderson / William Tyler

Lost Futures

Thrill Jockey

野田努   Oct 15,2021 UP
E王

 ジョン・フェイヒィも影響を受けたというエリザベス・コットンを聴いて、マリサ・アンダーソンはギターにはいろんなチューニング法があることを知った。この、19世紀末生まれの黒人女性フォーク・ブルース歌手のオープンチューニングとその独特なフィンガーピッキング(左利きのコットンは親指でメロディを弾いて残りの指でベースを弾いた)による古典的名曲のひとつ、“Freight Train”でアンダーソンは練習を重ねた。ちなみにコットンの死から26年後の2013年には、アンダーソンはリスペクトを込めてコットンとのスプリット7インチ盤を出している。
 マリサ・アンダーソンの卓越したギター演奏の多くはゴスペルとブルース起源に集約されるかもしれない。が、それがすべてというわけではない。ブルース・ミュージシャンとは異なるオープンチューニングを発明したUKのデイヴィ・グレアムもまた彼女のヒーローのひとりだ。フォークからはじまった彼の音楽がやがてジャズやグローバル・ミュージック(アイルランド、アラブとインド)ともリンクしたように、1本のギター演奏によって描ける音世界はじつに広漠であることを彼女は知っている。初期作品こそブルースが色濃いものの、〈スリル・ジョッキー〉に移籍してからの2018年の『Cloud Corner』や昨年のジョン・ホワイト(ダーティ・スリーのドラマー)との共作ではもっと遠くを歩いているし、自由奔放なアンダーソンの音楽には、行ったことがないところを歩いているときに感じる景色が開けていくような感覚がある。ぼくは彼女の音楽のそんなところが好きなのだ。

 1970年サンフランシスコ生まれのマリサ・アンダーソンの生い立ちでぼくが興味深く思うのは、彼女が19歳のときに大陸横断平和行進に興味を持ったことだ。昨年の『Wire』の記事によれば、のちに彼女は、NYからスタートし、ラスベガス郊外のネバダ核実験場まで歩く行進に参加したという(いったい何ヶ月かかったのだろう)。そう考えるとアンダーソンがウィリアム・テイラー(1979年生まれ)との共作『失われた未来(Lost Futures)』における重要なインスピレーションとしてマーク・フィッシャーの名を挙げていることも充分にうなずける。
 失われた未来──フィッシャーは未来を描けず過去の郷愁に依存する現在をそのように呼んだわけだが、これは先進国全般に見られるひとつの傾向で、いわく「未来の不在は何か別のものに偽装される」。それは音楽商品に即して考えるとわかりやすい。すぐに結果が求められる新自由主義の社会では、新しいことへのチャレンジよりもかつて成功したものの模倣のほうが自然と(あるいは無意識のうちに)促される。とはいえ、欧米のインディ・シーンがそうした閉塞感を打破しようとする意欲を失っていないことは、昨今のUKの若手インディ・ロック・バンド(フォンテインズDCからブラック・ミディまで)を見ていてもわかることで、我々が住んでいる世界のことを伝えようとするマリサ・アンダーソンとウィリアム・テイラーとの共作もまたこの硬直した現在からの解放をもくろんでいるというわけだ。

 ふたりはともにギタリストで、ギター1本で自分のソロ作品の多くを作ってきた人たちではあるけれど、当たり前の話、その演奏表現においてはそれぞれの特徴がある。変則チューニングとフィンガーピッキングを活かし、よりフリーキーな演奏をするアンダーソン、アメリカーナを土台とし、ときにはアンビエントな領域にまで達するテイラー。曲のなかにおける互いの個性は、控えめながら各々の表情を出しているようだ。たとえば表題曲“失われた未来(Lost Futures)”の出だしはアンダーソンだろうし、途中から耳に入ってくるアルペジオはテイラーだろう。“生命と死者(Life And Casualty)”という曲は、美しくシンプルにはじまり、ジャズの即興演奏のように曲が崩れては戻っていく。それから、本作にはギター以外の弦楽器(シタール、ダルシマーなど)の演奏もミックスされている。ゆえに“天国についてのニュース”にはじまり、“水に憑かれて”で終わる『失われた未来』は、テーマこそ重いが、楽曲の音色は豊かで、総じてメロディックな作品になっている。メロディにはアメリカ文化の多様性があり、曲全体からは先述したように、景色が開かれていく感覚がある。それはすこぶる心地よい。

 なお、本作には、“雨に祈る(Pray For Rain)”と“水に憑かれて(Haunted By Water)”といった曲名があるが、これは昨年のポートランドにおける気候変動による山火事(煙で太陽が覆われたほど数日間にわたって延焼し、結果、ロサンジェルスと同じ面積が焼失した)が大いに関係していると察する。今年に入ってもオレゴン州では強烈な熱波と強風から来る大きな山火事が繰り返されている。本作における「失われた未来」には、環境破壊によって失われつつあるものへの言及も含まれているに違いない。

野田努