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Lotic

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Post chillwave Jazz-hop Dreamy Downtempo

三田格   Aug 08,2018 UP

 格差社会の是正を求める人たちがゲイ・パレードに襲いかかるかと思えば、エリオット・ロジャーを崇拝するインセル(非モテ=インセル・ウイズアウト・ヘイト)がバンで歩道の群衆に突っ込み、連続殺人鬼ブルース・マッカーサーの逮捕と、この数年、トロントで起きる事件がどうにも派手である。ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『複製された男』の解釈を話し合っているうちに話がそれて、あの作品で巨大な蜘蛛が街をのし歩いていたようにトロントの道端にはヘロインを打った人びとがあちこちに転がってると話しくれたトロント大学のシャロン・ハヤシが今年も日本に来たので、「昨日、レストランで銃乱射があったよね」と言ったら「もう麻痺しちゃった」と言ってクククと笑っていたほどである。トロント市内では2017年に188件、今年に入ってからはすでに200件以上の銃撃事件が起きているという。
 トロントのシンガーソング・ライター、アーヨ・レイラーニのデビュー作がほとんどの曲でセーフ・スペースを探している内容だというのも、だから、それなりに自然なことなのだろう。「セーフ・スペース」というのはヘイトが存在しない場所という意味で、ある種の公共空間をセーフ・スペースとして捉えるには必要以上の言論統制が行われることもあり、大学で授業が成り立たないといった弊害も起きているらしく、そう簡単に肯定できる概念でもない。しかし、10年という歳月をかけた『ザ・ゴールデン・オクターヴ』は、クィアであり、ディアスポラとして生きる自分自身をストレートに反映させたものだそうで、個人のなかにある「交差性」という側面を浮かび上がらせることによって、ヘイトに対する自衛手段を構築し、外部に働きかける要素を持ちながらもそれなりの共感を呼んでいるらしい。歌詞は簡単な言葉で書かれているんだけれど、それだけにかえって訳すのは難しかったりしますけれど。

 湿度の高いスキャットにはじまり、コロンビア出身のカラフルな音楽性で知られるリド・ピミエンタと組んだ“Time Traveler”ではラロ・シフリンを思わせながらドラマ性を抑えたヒップ・ホップ・ビート、“Indigo”ではエリック・サティをキラキラとしたラウンジ・ミュージックのようにアレンジし、”Reprogram”では鬱々としながらどこかスウィートなディープ・ハウスを聞かせていく。わかりやすいジャンルに落とし込みたくなかったというのが10年もかかったひとつの要因のようで、エレクトロやジャズなど複数のジャンルを、しかし、どれもシンプルに組み合わせていく手腕はなかなかのもの(多くの曲はサン・サンことフランチェスカ・ノセラによる)。マーチをベースにした”Weight of the World”やサイケデリック・フォーク風の“Stars”など、よく聞くとブラック・ミュージック一辺倒でないところも「交差性」をうまく表していると言える。
 個人というものを単一のポリティクスで割り切ることはできないとした「交差性」という思想の提唱者、オードリー・ロードの考え方をウィッチ・プロフェットが意識して取り入れているのか、偶然にもそうなっているのかはわからないけれど、フェミニストや詩人として知られ、出身国であるアメリカのみならずアフロ・ジャーマンの市民運動まで先導してきた彼女の思想を意識的に取り入れていたロティックもようやくデビュー・アルバムをリリースした。

 久々にインスタグラムを覗いたら、いつのまにか外見もバリバリにクィア化していたロティック(テキサス→ベルリン)も〈トライ・アングル〉からの「ヘテロセトラ(Heterocetera)」はやはりオードリー・ロードの小説からタイトルをつけたものであった。あれから3年、アルカとオウテカを掛け合わせたような「ヘテロセトラ」と、同じ年にリリースされたコンピレーション『アジテーションズ(Agitations)』はいずれも緊張感みなぎり、ベース・ミュージックが起源とは思えないインダストリアル・サウンドの新手で、これを『パワー』と題されたデビュー・アルバムではさらに艶やかで色めき立つようなグラム・スタイルへと発展させている。そう、グラマラスでセクシー、囁くようなヴォーカルは妙にミステリアスで、オブセッシヴなまでに幻想的なアプローチはある種のサイコスリラーを思わせる一大ページェントに等しいものがある。OPNの影響なのか、モダン・クラシカルとトライバル・ドラムを組み合わせた“ Distribution Of Care”やエイフェックス・ツインをグリッチ化させたような“Resilience”と手法も多岐にわたり、〈ノン〉からアルゼンチンのモーロ(Moro)を招いた“Heart”ではタンゴとドラムンベースを混ぜようとしているのか、にわかには何をしようとしているのか判然としない実験作が続く。新機軸とその着地点がかなり見事にデザインされていて、そのような創造性が最後までキープされていれば、かなりの名作になったのではないかと思うけれど、中盤まではほんとうに凄いものがある。最後まで聴いて、また冒頭に戻る瞬間が実にワクワクしてしまうというか。
 「本物の女性のように振る舞い、彼らに吐き気を催させる」とロティックは歌う。「LGBTの度が過ぎる」のであるw。ロティック本人はウィッチ・プロフェットとは対照的に自分のサウンド・スタイルがそれ自体でクラブ・カルチャーにおけるホモフォービアや人種差別、あるいは女性嫌悪に対するプロテストなのだと話し、個人的な満足のためにやっているのではないと過去には語っていた。「フリークスたちにとってセーフ・スペースであるべきクラブがそうではない」と。それこそインセルがテロの標的として定めるようなものになってはいけないということだろう。『パワー』というアルバム・タイトルは最初「権力」を意味しているのかなとも思ったけれど、もっと普遍的な意味での「力」を意味するのではないかとも思うようになった。ビヨークの「NotGet」をリミックスした次の年にはホームレスになったという青年が考え込んだテーマ、それが「パワー」だったのかなと。

三田格