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Against All Logic

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Against All Logic

2012-2017

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小林拓音   Apr 21,2018 UP

 世界の基盤はぶっ壊れている。
 壊れている、壊れている――。
 歪んだヴォーカルがそう歌う。昨年死去したデイヴィッド・アクセルロッド、その楽曲から採取された音声の残響はやがてファンキーなリズムを呼び寄せる。マーヴィン・ゲイとも比較されるコンシャスなソウル・シンガー、マイク・ジェイムズ・カークランドのバックトラック。その合間には、落雷のようなディストーションが差し挟まれる。グルーヴィンで心地良いはずの音楽が、どうにも不穏な空気に脅かされている。まるで古びたブラウン管が華やかな音楽ショウと戦争を知らせる報道番組とを交互に高速で映し出しているかのようだ。そしてプツッ、と故障したかのように音は唐突に鳴り止み、アルバムは次の曲へと進んでいく。
 たしかに壊れている。何が? テレビだろうか。それともやはり、それが映し出す世界だろうか。
 冒頭の“This Old House Is All I Have”、「私に残されたのはこの古びた家だけ」と題されたこの1曲にこそ、本作全体を貫く大いなる秘密が潜んでいるように思われてならない。

 すべての論理に抗して――A.A.L.ことアゲインスト・オール・ロジックは、一昨年『Sirens』という非常にパーソナルかつポリティカルな作品を発表したニコラス・ジャーの、あまり知られていない変名のひとつである。その名義では3枚のシングルがリリースされているのみで、フルレングスは今回が初となる。とはいえ、事前告知なしに突如配信でリリースされたこのアルバムは、A.A.L.名義で制作されていたトラックを集めたコンピレイションとなっており、その一部、たとえば“I Never Dream”“Flash In The Pan”といったトラックはすでに2015年にYouTubeで公開されていたものだ。
 このアルバムを簡潔に言い表すなら、ニコ・ジャーのコレクションに眠る古き良きソウルやファンクのレコードを最大限に活用した、どこまでもダンサブルなハウス・トラック集ということになるだろう。じっさい、3曲目“Some Kind Of Game”や4曲目“Hopeless”の4つ打ちを聴くと嫌でも身体を揺らさずにはいられない。快楽を提供するための素材選びやその組み合わせ方に関してはさすがというほかなく、そういう意味で本作は、セオ・パリッシュの『Uget』にも通ずる良質なサンプリング・ダンス・ミュージックと言えるだろう。
 しかし、ではなぜニコ・ジャーはいまこのようなエディット集のリリースに踏み切ったのだろうか。

 このアルバムが機能的で昂揚的なのは間違いない。でも、ここに収められた11の楽曲たちはどれも、「古びたハウス」からは距離を置こうとしているように聴こえる。随所に差し挟まれるシンセ音とノイズが、このアルバムに不穏なムードをもたらしている。それら2010年代以降の音色は、私たちリスナーをレアグルーヴ的な快楽から遠ざける。どこまでもロウファイさを維持するサンプルと、それに対して不和を突き立てているかのような電子音、それらの巧みなレイヤリングは、さまざまな要素を結び合わせる錬金術師としてのニコ・ジャーの面目躍如といったところだが、その不穏さ、そしてそれら素材の性質に着目すると、一見寄せ集めのように見えるこのハウス・トラック集も、じつは『Sirens』のように入念に練られて構築されたアルバムなのではないかということに思い至る。
 トラックリストを眺めていると、“I Never Dream”や“Hopeless”といった悲観的なタイトルが目に留まる。それらの曲名はいったい何を示唆しているのだろうか。そういえば、本作が『ブラックパンサー』公開の翌日に配信されたのはたんなる偶然なのだろうか。
 ここで思い出すのが、昨年リリースされたムーヴ・Dとトーマス・マイネッケによる共作『On The Map』である。合衆国で多発している人種差別的な殺害事件からインスパイアされたと思しきそのアルバムは、ブラック・カルチャーと縁の深い土地をテーマにしたコンセプチュアルな作品だった。ニコ・ジャーによるこのダンス・トラック集も、じつはそれと同じような動機から出発したアルバムなのではないか。『2012 - 2017』というタイトルも、たんに収録曲が制作された年代を表しているのではないのではないか。BLMが起ち上がるきっかけとなった事件、すなわちフロリダ州でとある少年が射殺されたのは2012年のことではなかったか。

 すべては想像にすぎない。だが、古き良きブラック・ミュージックの至宝に彩られた本作が、その遺産に引きこもろうとしていないことだけはたしかだ。アルバムは終わりに向かうにつれ実験色を強めていき、9曲目“Flash In The Pan”や10曲目“You Are Going To Love Me And Scream”では、それまで以上に多彩なノイズやアシッドが飛び交っている。そして、最終曲“Rave On U”の圧倒的な違和感。あまりにも叙情的なその旋律と音色は、まるでエイフェックスのようではないか。ソウルやファンクの引用から始まったはずのこのアルバムは、いつの間にか私たちリスナーをそことは異なる想像の世界、すなわちテクノの領野へと連れ去っていくのである。

 世界の基盤はぶっ壊れている。たしかにそうなのかもしれない。でも、どうあがいてもそのぶっ壊れた基盤のうえで生きていくしかない私たちにとって必要なのは、それとは違う世界を想像してみることである――この『2012 - 2017』は、私たちにそう告げているのではないか。「すべての論理に抗して」ニコ・ジャーはいま、私たちリスナーを「古びたハウス」の外へ連れ出そうとしている。アナザー・ワールド・イズ・ポッシブル、たいせつなのはそう想像することでしょ、と。

小林拓音