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Bat for Lashes

Bat for Lashes

The Haunted Man

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ブレイディみかこ   Nov 22,2012 UP

 全裸のナターシャ・カーンが、生気のない全裸の青年を抱えて立っている。
 それは例えばお姫様抱っこの男女転換版みたいなよくあるフェミニズム的構図ではなく、だらり。と肩から提げているのである。
 青年は、33歳の彼女よりかなり若く見える。ということは、交際していた年下の男を殺して、その死体をこれから埋めに行くところなのだろうか? それとも、自分が若い頃に恋に落ち、別れてしまった男のことを、三十路になったいまでも心情的に引きずって生きているということのメタファーなのだろうか?

     *************

 「このアルバムでもっともブリリアントなのはジャケットだ」
 英国にはそういう趣旨のレヴューを書いたメディアもあった。
 まったくこの国の批評というやつには慈悲もへったくれもありゃしない。と思うが、ブライトンで保育士をしていたナターシャには、個人的に思うところもある(という情が入って来るあたり、わたしは生粋の日本人だが)。それに、本国での彼女のポジショニングを考えれば、もうちょっと日本で認知されても良いお嬢さんではないかと思う。
 デヴェンドラ・バンハートやトム・ヨークを魅了し、ビョークに「ブリリアント」と言われ、ベックともコラボ済み。というブライトン在住のナターシャ・カーンことBat For Lashesのサード・アルバムは、良い意味でも悪い意味でも洗練されている。「ビョークっぽい」と言われることの多いお譲さんだが、アーバン・エレクトロ・ヒッピーみたいだった1作目や2作目に比べると、今回のアルバムはぐっと方向性が絞られてエレガントになり、ケイト・ブッシュに接近している。"Laura"などはエキセントリックなファルセットでケイトに歌わせたくなるし、"All Your Gold"や"Oh Year"を聴いていると、これは21世紀版『魔物語』なのか。と思う。ケイト・ブッシュが1979年生まれだったらこんな曲を書いていただろうと思うほど、どの楽曲もビューティフルで才気に溢れているのだ。

 「彼女のアルバムは、ビョーク、ケイト・ブッシュ、PJハーヴェイなどの女性アーティストを髣髴とさせ、その事実が最大の弱点にもなっている」と書いたのはBBCのサイトのミュージック欄のレヴューだ。
 我が祖国で彼女の知名度が低いのも、この二番煎じ感が災いしているのかも知れない。二番煎じであるならば、同時代に同じ場所で生きているという連帯感を持つことのできない海外の人びとは、オリジナルの方を聴く。時代のギャップと、地理的・社会的ギャップは、距離感であることには変わりないからだ。

     *************

 ナターシャ・カーンはパキスタン人の父親と英国人の母親の間に生まれた雑種ブリティッシュだ。
 「世界に何か新しいものが生まれるとすれば、それはハイブリッドだ」と言った我が祖国の文人、坂口安吾の提言の通り、英国の大衆音楽がネタ切れすることなく新たな「何か」を生み続ける理由は、この国が単一民族の国ではないからだと思う。
 とは言え、混血化が進む国では、その反動としての人種差別が活発化するのも必然のプロセスであり、ナターシャも十代の頃に「ファッキン・パキ」といじめられ、それが原因でヴァイオレントになって問題児になった時期もあったらしい。そんなバックグラウンドを持つ彼女が、ケイト・ブッシュのような真っ白なサウンドを志向しているという事実は、わたしにとっては全裸のジャケット写真よりよほど衝撃的だ。
 「主流と迎合するのは嫌」と言う彼女の音楽に、彼女自身の中に半分流れている(この国における)少数民族の血の匂いが全く感じられないのは何故なのか。
 やはり雑種である子を持つ親として、この辺はなかなかディープなサブジェクトである。

 裸のナターシャがだらりと肩から提げて立っているのは、本当は死んだ男ではなく、彼女が11歳のときに去って行ったという父親から受け継いだムスリム民族の血なのではないか。
 彼女の肩で生気を失っているのは、ロマンスの相手としての男ではなく、抹殺しようとして抹殺することのできない父方の血の呪縛ではないだろうか。

「夕べは眠れなかった 
あなたのことを忘れようとしたから
老いた男と海が歌っているのが聞こえた
銀色の感触 彼女は泣く 
忘れはしない 消えたわけでも 死んだわけでもない」
"The Haunted Man"

 彼女が前述の女性アーティストたちを超えるのは、彼女がこの亡霊を肩から下ろし、ハグを交わして一緒に踊りはじめるときだろう。そのときこそ、ナターシャは堂々と自らの個性を打ち出し、雑種ブリティッシュ・ミュージックを代表するレジェンドになる。
 そこに到達するまでの、並外れた才能を持つ女性の道程を示しているという点で、彼女のアルバムは1枚1枚がプレシャスな里程標である。

ブレイディみかこ

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