ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Whatever the Weather - Whatever the Weather II | ホワットエヴァー・ザ・ウェザー
  2. Aphex Twin ──エイフェックス・ツインがブランド「Supreme」のためのプレイリストを公開
  3. interview with Roomies Roomiesなる東京のネオ・ソウル・バンドを紹介する | ルーミーズ
  4. 完成度の低い人生あるいは映画を観るヒマ 第二回 ボブ・ディランは苦悩しない
  5. Oklou - choke enough | オーケールー
  6. すべての門は開かれている――カンの物語
  7. はじめての老い
  8. new book ──牛尾憲輔の劇伴作曲家生活10周年を記念した1冊が刊行
  9. R.I.P. Roy Ayers 追悼:ロイ・エアーズ
  10. Columns ♯12:ロバータ・フラックの歌  | Roberta Flack
  11. interview with Acidclank (Yota Mori) トランス&モジュラー・シンセ ──アシッドクランク、インタヴュー
  12. The Murder Capital - Blindness | ザ・マーダー・キャピタル
  13. 別冊ele-king 日本の大衆文化はなぜ「終末」を描くのか――漫画、アニメ、音楽に観る「世界の終わり」
  14. Columns 「ハウスは、ディスコの復讐なんだよ」 ──フランキー・ナックルズの功績、そしてハウス・ミュージックは文化をいかに変えたか  | R.I.P. Frankie Knuckles
  15. interview with Loraine James 路上と夢想を往復する、「穏やかな対決」という名のアルバム  | ロレイン・ジェイムス、インタヴュー
  16. Columns ♯11:パンダ・ベアの新作を聴きながら、彼の功績を振り返ってみよう
  17. 別冊ele-king ゲーム音楽の最前線
  18. Lawrence English - Even The Horizon Knows Its Bounds | ローレンス・イングリッシュ
  19. Columns 2月のジャズ Jazz in February 2025
  20. interview with DARKSIDE (Nicolás Jaar) ニコラス・ジャー、3人組になったダークサイドの現在を語る

Home >  Reviews >  Album Reviews > Moritz Von Oswald Trio- Fetch

Moritz Von Oswald Trio

Moritz Von Oswald Trio

Fetch

Honest Jons / P-ヴァイン

Amazon iTunes

松村正人   Jul 26,2012 UP

 パレ・シャンブルグの再結成――東京公演を楽しみしていた私は前の週は気もそぞろだったのに、なぜか当日にはすっかり忘れ、幕張から代官山をハシゴする「オヤジ殺し」はまぬがれたものの、忘却という(かボケというか)別の意味のオヤジ殺しにわが家でくつろぎながら苛まれていたことにさえ気づかない有様だったが――に参加しなかったモーリッツ・フォン・オズワルドに、ヴラディスラヴ・ディレイ名義のサス・リッパティとサン・エレクトリックのマックス・ローダーバウアーとを加えたトリオの3作目。『Fetch(フェッチ)』とは「連れて来る」の意で、派生的に「(聴衆などを)魅了する」という語意を含む(『ジーニアス英和辞典』)が、ファーストの『Vertical Ascent』(2009年)、昨年の『Horizontal Structure』に続く本作でも、長尺のきわめて抽象的なアンサンブルを聴かせるトリオの基本路線に異同はない。つまるところ、ジャズのスタイルを借りたテクノをダブで再生したミニマル・ミュージック。ゼロ年代ダンス・カルチャーの共通言語のひとつであったベーシック・チャンネルの方法論を展開した、ほとんど至高の職人芸ともいえる細部を味わえるかいなか、そこにこのアルバムを聴く醍醐味がある、と書くと、またぞろオヤジ殺しかよ、とかいわれそうだが、とはいっても、まるで耳の毛細血管を流れる血の音を聴くように細かく脈動する、聴くことの楽しみを鼓舞する音楽を無視する道理はない。

 たとえば、冒頭の"Jam"にはトランペットをフィーチャーしている。ところがそれはジャズでいうソロイストの役目を担わない。MVOTは唯一のメロディ楽器を煙幕の向こうに追いやり、フューチャー・ジャズ的な構成要素と、パーカッション、シンセサイザー、ノイズ、エレクトリック・ベースのハーモニクスなどとの位置関係を転倒(ダブ)させることで、簡単にそこに収斂させはしない。さきほど、「ジャズのスタイル」と書いたが、援用されているのは即興の方法論と合奏の形態であり形式ではない。ここでは、リズムの磁場/重力に対置されたワウモノすべてがスポンテイニアスにソロをリレーしていく。その縦軸の力に対する横軸の運動はダンスミュージックそのものであるばかりでなく、ジャズの、とくにプレ・フュージョン期からフューチャー・ジャズまでの底流ともいえるエレクトリック期以後のマイルスのモーダルな手法を彷彿させる。つまり、演奏は自由に展開する(ようにみえるが)グルーヴとモードが舫となる。その綱引きこそファンクネスである。MVOTはテクノでありミニマルでありダブであるが、いずれにも偏らず、むしろその綜合として、ジャズやファンクの"原理"に接近していったのは、人名をグループ名に冠するというジャズ的な(と断定することができないけれども)命名であらかじめ表明されていた......というか、私はここでようやく思い出したが、そんなことは"Vertical Ascent(垂直上昇)""Horizontal Structure(水平構造)"といったタイトルにとっくに掲げていたのでした。

 だったら『Fetch』はどうなのかといえば、言葉の意味は前段に書いた通り。ところが、"Pattern""Structure"(『ライヴ・イン・ニューヨーク』では"Nothing")に番号を振っただけのそっけなかった曲目には『Fetch』では"Jam""Dark""Club""Yangissa"と、テーマないしは情景を思わせるタイトルが付されている。"Jam"はジャム・セッションを、"Dark"はヘヴィなグルーヴがとぐろを巻く曲のムードを指すのだろうし、四つ打ちの"Club"はタイトルの通りのクラブ仕様。三連符のボトムと打楽器の刻みと遠くに鳴るホーンがエキゾチックな幕引きの"Yangissa"はMVOTがこれまでも試みてきた(『Vertical~』の"Pattern 3"など)ワールドミュージック的手法の拡張版だが、ヴィラロボスやジョン・ハッセルを思わせる(とすると、"Jam"のハーモニクスの使い方はどう考えても『Possible Music』あたりのパーシー・ジョーンズを意識しているとしか思えない)ムードにはしかし、ここではないどこかに向かう浮ついたところはない。むしろ、すべての要素を繋留するリズムこそ彼らの真骨頂であり、MVOTの磁場が「連れて来た」記号はその上をゴースト・ノートとして彷徨するのである。
 そういえば、"Fetch"には「生き霊」の意味もあったのだった。
 Rhythm & Fetch...

松村正人